かみさんが亡くなってから4年が経過した。
4年が経ったのに、俺は今でも哀しい。
時には身を引きちぎられるような激しい悲しみに襲われ、泣き叫ぶことだってある。
会社ではふさぎ込み、いつでも哀しそうな表情をし、寂しげなオーラを放っている。
要するに、俺は暗いのだ。

そんな俺に対する周囲の反応は、なかなか厳しい。
義母や義弟を除けば、周囲の人々は、
「もう4年も経ったのに…」、
「いまだに哀しんでるなんて、おかしいんじゃないの?」、
「暗い表情ばかりで鬱陶しいな…」
という冷たい反応を示す。

だが、俺にとっては「もう4年」ではない。
「まだ4年」なのだ。
朝、目が覚めるたびに哀しみを新たにし、俺は暗い奈落の底に引きずり込まれる。
最愛の人の死は、過去の出来事なのではなく、いつだって、現在進行形の出来事なのだ。

そんなことを話したところで、誰にも理解はしてもらえない。
周囲の「冷たい視線」が俺に突き刺さる。

当事者である俺にとっては「まだ4年」。「つい最近」のこと。
甘えたことを言えば、「暖かい視線」で見守ってほしいとは思う。

だが、当事者でない人々にとっては「もう4年」。
「冷たい視線」を送るのが当然なのだろう。

「冷たい視線」は辛いものだ。
かみさんを亡くして、ただでさえ苦しくて仕方がない。
ただ生きていることだけで辛いのに、「冷たい視線」がさらに俺を追いこむ。

「暖かい視線」とまでは言わない。
せめて「生ぬるい視線」で見守ってくれないだろうか。

放置しておいてくれてもいい。俺と関わりたくないのなら、それでも構わない。
ただ、俺をこれ以上、追い込まないで欲しいのだ。

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