毎朝6時前に目が覚める。
その瞬間、自分の中に、
大きな穴が開いていることに気づく。
悲しみが始まる。
眠っている間だけは目を反らしていられたのに、目覚めた瞬間、悲しくて辛い。

かみさんの死と同時に穿たれた穴。
その穴は、
数年経った今でも俺の中にある。

その穴から、悲しみが
絶え間なく噴き出してくる。
静かだけど、底の深い、
大きな悲しみだ。

悲しみを「抑圧」せよと人は言う。
だが抑圧すれば、内部の圧力は次第に高まり、いつかは破裂してしまう。

事実、毎晩会社から帰宅すると、俺は「
破裂」する。
その破裂による苦痛は耐え難い。
俺は苦痛から逃れるため、睡眠薬を飲み、早々に眠ってしまう。

時には「抑圧」するのではなく、悲しみを「無視」する。
悲しみが溢れるのを抑えるのではなく、悲しみを垂れ流したまま一日を過ごしてみる。

そんなときに鏡を見ると、今にも泣きそうな顔が映っている。
抑圧したときとは違い、破裂することはないが、誰とも関わりたくないし、自分の中に引きこもってしまう。

こんなことでは課長として失格だし、それ以前に、
社会人として失格だ。



抑圧するのは辛いことだし、かと言って、
無視するのが良いわけでもない。

いったい、どうしたら良いんだろう。

俺は今でも、
かみさんを喪った悲しみを持て余している。
俺は未だに、
かみさんを亡くした悲しみに振り回されている。

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