5月19日の金曜日。
俺は出張した。

目的地までは「ゆりかもめ」
に乗らなければならない。
東京臨海新交通 臨海線、通称「ゆりかもめ」
豊洲と新橋を結ぶ無人運転のモノレールみたいなものだ。

かみさんが元気だったころ。
かみさんは「ゆりかもめ」
に乗るのが好きだった。
ちょっとした旅行気分になれるから…
というのが理由だった。

かみさんと俺は二人で「ゆりかもめ」に乗り、
窓外の景色を眺めながら、他愛ない会話を楽しんでいた。



かみさんが癌研有明病院に入院していたころ。
俺は毎日「
ゆりかもめ」に乗った。
病院が「ゆりかもめ」の停車駅「有明」
にあるからだ。

かみさんを個室に移してもらい、
俺が病院に寝泊まりするようになってからは、「ゆりかもめ」の世話になることはなくなったものの、かみさんが大部屋に入院していた時期は、毎日「ゆりかもめ」を利用していた。

毎朝病院に行くときは、
少しでも早くかみさんの顔が見たくて、俺はタクシーで病院に向かったが、面会時間が終わって帰宅するときは、いつも「ゆりかもめ」だった。



かみさんが亡くなってから数年間。
俺は一度も「
ゆりかもめ」に乗っていない。

怖かったのだ。
かみさんが死んじゃうかもしれないという恐怖や不安に脅えつつ、
それでも奇跡を願い、奇跡を信じ、
奇跡を祈っていた日々を想い出してしまいそうだったからだ。



仕事だからやむを得ない。
俺は数年ぶりに「ゆりかもめ」
に乗った。

やっぱりだ。
窓の外を見ていると、
奇跡を祈っていた日々の記憶が鮮明に蘇る。

空を見上げては祈り、
木々を見つめては祈り、運河の流れを見ては祈った。
容ちゃんは死なない、容ちゃんは絶対に治る、俺が絶対に容ちゃんを守ってみせる。
そしてまた、
幸せな日常を取り戻すんだ。
全身全霊で祈っていた日々を想い出す。

だが、
願いは届かなかった。
かみさんと俺の祈りを受けとめてくれる者などいなかった。

人生に対する諦念と絶望。
それを「ゆりかもめ」は象徴している。


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