世間は「お盆休み」だそうだ。
帰省で道路は渋滞し、
東京駅も人でごった返している。
空港は出国ラッシュだ。

かみさんが生きてた頃ならば、今ごろ俺も日本にはいない。
10日間前後の連休を取り、かみさんと一緒に海外に行って、どこかの国の海で泳いでいたことだろう。

ひとりぼっちでは、
10日間も休んだって意味がない。
俺は暦のとおり、
3日間だけ休むことにした。

・・・

毎年のことだが、この時期、
東京の人口は減る。
多くの人が、
地方に行ったり海外に出てしまうからだ。

朝の8時すぎにマンションの中を歩いてみたが、
人の気配がしなかった。
近所のコンビニに行ってもみたが、道中、
人に出会うことはなく、店内には客もいなかった。

多くの人が、
家族と一緒にどこかに行ってしまったのかもしれない。

うちのマンションの周辺は、まるでゴーストタウンだ。
脚を伸ばして駅前に行けば、人の気配もあるんだろうが、どうせ家族づればっかりだ。

ひとりぼっちの俺にとって、連休は、
身の置き所がない。

・・・

時間を持て余すのは辛いことだ。

かみさんにお供えをする。
掃除と洗濯をする。
それ以外、
やることがない。

するとまた、
「アイデンティティー」が溶けていく
それに抗うために酒を飲み、
眠くなったら寝てしまう。
せめて夢の中で、
容ちゃんに逢えたらなぁ…と期待はするが、思い通りになんてなりはしない。

こんな連休を過ごしていると、
会社を定年退職したら、俺はどうなってしまうんだろう…と不安になる。

かみさんが亡くなった後、
俺は定年前には死ぬはずだと想っていたし、そう想うことが唯一の救いだったのに、その願いは叶わないかもしれない。

ひょっとしたら
未来には、カラッポの余生が待っているのかもしれない。
心も身体も崩れていき、早く死にたいと願っても、それでも死ねないのかもしれない。

それは「生き地獄」だ。


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