食事はしっかり摂るようにしている。
夜は早めに寝るのを心掛けてもいる。

それなのに、
心身の異常がハンパじゃない。

ここ数週間ずっと、
疲労感や倦怠感、脱力感が抜けない。
全身がダルくて重い。

頭がボンヤリしている。
眠気が酷い。

ずっと左手が痺れている。
両方の膝、右肩、右足の土踏まずに鋭い痛みが走る。

そして、
心は落ちていく。

どうやら俺の心身のエネルギーは、
枯渇しつつあるようだ。
それでも俺は、
わずかに残ったエネルギーを絞り出し、笑顔の仮面を被り、かりそめの日常へと踏み込んでいく。

・・・

生きがいなんて、
なんにもない。
家にこもって「まったり」していたい。

できるだけ早く、かみさんのところに逝きたい。
死んで「無」
になってもかまわない。
苦しみながら死ぬのは嫌だけど、
眠るように死ねるなら、それもいい。

そんな想いを抱えていながら、それでも俺は仮面を被る。
会社に到着すると、自分の意思とは無関係に”ON”のスイッチが入ってしまう。
下世話な「責任感」が原因だ。

いったい俺は、何なんだ?
いったい俺は、何をやっているんだ?

・・・

希死念慮を司っているのは「言語脳」なのかもしれない。
恐らく「
死への欲求」は、人間の本能の中に組み込まれていないのだ。
もしも組み込まれているのなら、
俺はとっくに死を選んでいたはずだ。

一方、「責任感」はどうだ?
「責任感」も、その源泉が本能にあるとは思えないのだ。

たぶん「
死への欲求」も、「責任感」も、本能以外の「どこか」同じ場所にある。
そして、同じ場所にあるからこそ、「
死への欲求」が「責任感」を凌駕するような関係にはない。

今年の4月以降、俺の中では「責任感」が「死への欲求」
を抑制している。

そんなことの中に、俺はわずかな「立ち直り」
への兆しを見ているんだ。

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