俺のかみさんが死んじゃった。
世界で一番大切な人が死んじゃった。

自分の最愛の人を亡くすこと。
こんなに悲しいことはない。
これほど不幸なことはない。

そう思っていた。

・・・

心理学における「社会再適応評価尺度」によれば、「配偶者との死別」は人間にとって、最も辛い出来事だとされている
確かに俺にとって、
自分の人生の中で、「かみさんの死」よりも辛い出来事は無かったし、これからだって無いだろう。

幼少時には、両親から虐待されて育ったが、そんなモノは「
かみさんの死」に比べたら、どうということはない。
また仮に、
俺が不治の病になって、「もうすぐキミは死ぬよ」と宣告されたとしても、「かみさんの死」よりも大きな衝撃を受けることはないだろう。
事実、今年の2月22日、肝硬変と診断されて、医師から「いつ肝細胞癌になってもおかしくない」とは言われたが、俺は平然としていた

俺の一生において、「かみさんの死」
よりも辛いことなんて無いのだ。
俺の人生において、「
かみさんの死」よりも悲しいことなんて無いのだ。
俺の生涯において、「かみさんの死」よりも不幸な出来事は無いのだ。

そうだ。
夫でも、妻でも、
あるいは恋人でもいい。
代替不能な伴侶を喪うこと。
自分の命よりも大切な伴侶を亡くすこと。
それより不幸なことは無いのだ。

そう思っていた。

・・・

周囲を見回すと、生涯伴侶と出逢えない人もいる。
そんな人だって、誰かを好きになったことがあるだろう。
また、
恋人のいた時期もあるかもしれない。

だが、代替不可能な誰か、
唯一無二の誰か、自分の命よりも大事な誰かと愛し合う、そんな体験を持たずに死んでいく人もいるのだ。

・・・

大多数の人々は、じいさん、
ばあさんになっても伴侶と一緒に生きていく。
そんな中、
41歳で伴侶を亡くしてしまった俺は、「不幸な人間」に分類されるんだろう。

だが。
俺にも愛する人がいるんだ。
その人は死んでしまったけれど、今でも俺は、彼女のことが大好きなんだ。

俺にも愛する人がいる…
俺にも大切な人がいる…

切ないことではあるけれど、
幸せなことでもあるんじゃないか…と想うんだ。

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