毎朝6時前には目が覚める。
かみさんが元気だった頃なら7時くらいまでは寝ていたが、ここ数年、6時に起床するよう努めている。

朝のお供えをするには、
それなりの時間が必要だからだ。
また、
肝硬変のせいで身体のダルさが抜けないため、電車の中では座って通勤したいからだ。

この季節になると、
朝6時では太陽も出ていない。
家の中は真っ暗だし、
バルコニーに出ても外は薄暗い。
そして何よりも寒いのだ。

暗くて寒いせいだろうか。
冬の朝は、あまりにも淋しい。

そして、
かみさんが元気だった頃を想い出す。

あの頃だって、
冬は寒かったはずなんだ。
毎朝7時に起床をすると、
かみさんは必ず床暖房とエアコンを点けてくれた。
あの頃だって、
寒かった証だろう。

だが、淋しくはなかった。
かみさんの温もりがあったからだ。

かみさんがいるだけで、
心は暖かかったんだ。
冬の寒い朝であろうと、
かみさんの賑やかな「おしゃべり」を聞いていれば、自然と心が温もったんだ。

そこには確かに暖かい家庭があった。
かみさんと俺とを包み込む、やわらかい時間と空間があった。

だから俺は、寒くても淋しくはなかったんだ。

・・・

あまりにも寒くて、あまりにも静かで、あまりにも淋しい。
心が凍える。
心が潰れる。
これからますます寒くなり、淋しくなっていくんだろう…と思った。

だが次の瞬間、
俺は気づいたんだ。
今年の夏だって淋しかったよな…
と気づいたんだ。

そうだ。
季節なんて関係ない。

独りぼっちだから淋しいんだ。
かみさんがいないから淋しいんだ。

孤独が俺を押し潰し、心と身体を芯から凍てつかせる。
そこから逃れる術(すべ)はない。

耐えがたいことだ。
だけど、
耐えていかなきゃならないんだ。

俺の余生なんてこんなもの…と諦めて、受け入れていくしかないんだろう。


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