かみさんにお供えをするために米を研いでいるとき。
土曜日や日曜日の昼間、暖かい日射しの下、バルコニーでぼんやりとタバコを吸っているとき。
会社から帰宅して、熱いシャワーを浴びているとき。

その他どんなときでもいい。
ふとした瞬間、緊張がほぐれて心がカラッポになっているときだ。

俺は想う。
いつになったら容ちゃんに逢えるのかなぁ…
いつになったら容ちゃんは帰ってくるのかなぁ…
早く容ちゃんに逢いたいなぁ…

そして次の瞬間、俺は愕然とする。
そんなことを想っている自分に愕然とするのだ。

どうやら俺の心の深層は、いまだに現実を受け入れていないらしい。
心の奥底の深いところで、俺は”
いつの日か、また彼女に逢える”と想っているらしいのだ。

普段の俺は、現実を正確に認識しているはずだ。
かみさんが死んでしまったことも知っているし、俺が生きている限り、かみさんに逢えないことも知っている。

だからこそ、こんなにも哀しいんだ。
だからこそ、こんなにも寂しいんだ。
だからこそ、未来には絶望しか見えないんだ。

だが、俺が
気を抜いた瞬間、心の深層が露出する。
そこには、
かみさんとの再会を信じている俺がいるんだ。

・・・

早く容ちゃんに逢いたいなぁ…
そう想う瞬間、俺の心は暖かい。
まるで、かみさんが傍にいるかのようだ。

だが次の瞬間、
俺は残酷な現実を認識する。

あ… そうだ
… 容ちゃんは死んじゃったんだっけ…
もう二度と、容ちゃんに逢うことはできないんだっけ…

そして俺は、無性に悲しくなるんだ。

どんなに辛い余生を生き抜いたとしても、俺は決して容ちゃんに逢うことはできない。
俺が死んだとしても、容ちゃんに逢えないかもしれない。

数年前まであんなに幸せだったのに、もう二度と、あの頃に還ることはできない。
こんなにも、”あの頃に還りたい”と願っているのに、あの幸せだった日々は決して戻ってこない。

過去に戻ることもできないし、いつまで待ってもかみさんは帰ってこない。
悲しくて、悲しくて、やりきれない。

だから俺は。
死にたくなるんだ。

そして。
いつまでも死ねない自分に絶望するんだ。

俺はこれからの長い余生に思いを馳せる。
どこまで見渡しても、かみさんの姿が見えない。

それでも俺は、かみさんを求め、かみさんを探し続けるんだ。


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