かみさんが亡くなって以来。
俺はずっと酒に溺れてきた。
いわゆる「やけ酒」というやつだ。

一升瓶の焼酎を二日で飲み干してしまうような日々が何年も続いていた。
その他にも、「口直し」
と称してウィスキーやブランデーまで飲んでいた。

大量のアルコールに身体が耐えられるはずもない。
俺は毎晩のように嘔吐していた。
それでも俺は、
毎日酒を飲み続けた。

かみさんを亡くした悲しみから逃げること。
かみさんのいない寂しさを紛らわすこと。
かみさんの死という現実から目を逸らすこと。
そして、
一日でも早くかみさんのところに逝くこと。
それが酒に溺れ続けた理由だ。

そんな生活を、俺は何年も続けてきた。

・・・

2017年2月22日、俺は「肝硬変」と診断された。
死んでしまうのは別にかまわないと思った。
むしろ、解放感さえ覚えることができた


だが、肝硬変に伴う諸症状は耐え難かった。
足の裏がつる、下血、皮下出血、手が震える、熱が下がらない…
とりわけ苦しかったのは、全身のダルさだ。

死ぬのはかまわないが、
せめて苦痛だけは取り除きたいと思った。
主治医に相談したところ、「
症状を抑える薬は無い。禁酒するしか方法はない」と言われてしまった。
仕方なく、俺は禁酒をすることにした。
禁酒を決断せざるを得ないほど、肝硬変の症状が苦しかったのだ。

だが、
完全に禁酒できたのは二ヶ月間に過ぎない。
その後、
俺はまた酒を飲み始めた。

だからと言って、以前のようなムチャクチャな飲み方
ではない。
飲むのは週に三
日だけ。
一日あたり、ウィスキーをダブルで3杯ほどだ。

全身のダルさは抜けないものの、アルコールの量が減ったせいか、下血や発熱等の症状は治まってきた。

・・・

誰も見ていないところでは、哀しみを垂れ流してもかまわない。

だが、会社にいる間だけは、死別の哀しみを押し殺す。
仕事をしている間だけでも、かみさんの死から立ち直ったフリをする。
部下たちの見ている前では、「明るく元気な課長さん」を演じる。

これは言葉で表現するほど容易なことではない。
無理をすること、仮面を被ること、悲嘆を殺すこと、自分の心身を磨り潰すこと。
それは大きなストレスになる。

そのストレスを軽減するため、俺は再び大量のアルコールを欲した。
そのせいで、昨年の秋から酒の量が増えてきてしまったのだ。

その末路は予想していた通りだった。
つい先日から、俺は再び下血を繰り返すようになり、耐え難いダルさを抱えるようになってしまった。

・・・

社会に適応しようとすれば、哀しみを殺さなければならない。
哀しみを殺すなら、それに伴うストレスに曝される。
そのストレスを軽減するためには、どうしても酒が必要だ。
だが、酒を飲み過ぎれば、肝硬変に伴う諸症状に苦しめられる。
肝硬変が悪化すれば、社会への適応が難しくなる。

この堂々巡りの中で、俺はなんとか生きてきた。
今現在は、肝硬変が悪化し、その諸症状に苦しんでいる段階だ。

堂々巡りから逃れるためには、どこかでバランスを取らなければならない。
だが、そのバランスはとても微妙なのだ。
まるで、サーカスの綱渡りのように、ギリギリのところでバランスを取るのが難しいのだ。

いずれにしても、当分の間は禁酒をせざるを得ない。
それほど肝硬変の症状が悪化しているのだ。
死ぬのは全くかまわないのだが、死ぬこともできず、様々な症状に苦しめられるのだけはゴメンだ。

だが、禁酒をすることで、俺は「逃げ道」を失うことにもなるだろう。
かみさんを喪った哀しみを押し殺す手段を無くし、かみさんのいない寂しさを紛らわす方法も無くし、俺は再び自己の溶解に苦しむことになるだろう。

そして、近い将来…
哀しみや寂しさに押し潰されるよりも、肝硬変に伴う肉体的な苦痛の方が、はるかに楽だと思う日が来るだろう。


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