俺と俺の妹は、両親から虐待されて育った。
高校生の頃、
俺はとっくに親に愛想を尽かしていた。

大学に入り、
俺は家出をした。
俺は新聞奨学生になり、新聞配達と集金をして、
学費と生活費を自分で稼ぐようになった。

新聞奨学生の寮には風呂が無い。
あるのはシャワー室だけだ。

俺は家出をしてから大学3年生の終わりまで、
一度も風呂に入ったことが無かった。
朝刊を配達し、
シャワーを浴びてから大学に行く。
大学から帰って来て夕刊を配達し、シャワーを浴びてから集金に出かける。

そんな日々が数年間も続いた。

・・・

大学4年生になるとき、
新聞奨学生を辞めて、かみさんと同棲を始めた。
俺は大学に通いながら、進学塾の講師を務めた。

かみさんと一緒に暮らすアパートには、
小さなユニットバスがあった。

3年ぶりに入る風呂。
身体が芯から温まる感覚は、気持ちが良かった。

その日以来、
かみさんと俺は、他愛ない会話に興じながら、毎晩一緒に風呂に入るようになった。

・・・

平成7年。
俺が今の会社に入り、かみさんと俺は、正式に夫婦になった。
経済的に余裕ができて、かみさんと俺は、マンションに引っ越した。

今度の風呂は広かった。
俺たち二人は、
ゆったりとしたバスタブの中、その日にあったことを語り合った。

・・・

入社して3年目になる4月のこと。
俺は会社の本社の中枢部門に配属された。

残業が多く、
帰宅するのは毎晩のように深夜になってしまう。
そんなわけで、
かみさんと一緒に風呂に入ることができなくなってしまった。

だが、かみさんは毎晩、俺のために風呂を入れておいてくれた。

疲れて深夜に帰ってくると、風呂には入らずシャワーで済ませ、
さっさと就寝してしまいたい。
だが、かみさんは「
疲れが取れるし、グッスリ眠れるから、お風呂に入りな…」と言ってくれた。

ゆっくり風呂に浸かっていると、
心身の緊張がほぐれていく。
かみさんのおかげで、
俺は熟睡することができ、溜まった疲労を癒すことができた。

・・


かみさんが癌と診断された日から、
俺はほとんど風呂には入っていない。
入浴するのは、
せいぜいかみさんの実家(北海道)に顔を見せに行った時くらいで、俺は毎晩シャワーで済ませている。

風呂を入れるのがメンドクサイということもある。
だが、
それだけじゃない。

なんだか切なくなってしまうんだ。
風呂に浸かってリラックスすると、何故だか涙がボロボロと零れてきてしまうんだ

俺はたぶん、あまりリラックスしないほうがいいんだろう。
俺はたぶん、肩の力を抜かないほうがいいんだろう。
眠っているとき以外、常に緊張していたほうがいいんだろう。

マッタリすれば、深くて大きな哀しみが溢れ出し、
心身を満たしてしまう。

そして俺は、泣きじゃくるんだ。
哀しくて、哀しくて、あまりにも哀しくて、俺は哭いてしまうんだ。

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