太陽の光には耐えられる。
だが、電灯や電球などの灯りは苦手だ。

通勤電車の中、会社のビルの中、夜の商店街、そして自宅のリビング…
人工的な灯りのすべてが鬱陶しい。

かみさんが元気だった頃。
夜間にリビングの灯りを消すことなんてなかった。
せいぜい就寝するときと、自宅のテレビで映画を観るときくらいだった。

今は…
夜になってもリビングの灯りを点けない。
光を発しているのは、
テレビと仏壇の上のロウソクだけだ。

明るい部屋の中にいると、
心がザワザワするからだ。
不安感が強くなり、
落ち着きがなくなってしまうからだ。

俺は暗闇の中で蹲る。
暗闇だけを見つめていれば、心が鎮まっていく。

そうしていると、
時間の経過が遅く感じられて、それがまた苦痛ではあるのだが、静かに目を閉じて、「終わり」が来るのを待っている。

・・・

死にたくないと思っていた。
かみさんと一緒に永遠に生きていたいとさえ思っていた。

だが、
生きていることが苦しいとしか思えない人生もあるということを知ったんだ。

眠っている間のように、意識がなければ苦しくはない。
だが、意識があれば、見たり聞いたりしなければならないし、考えたり感じたりもしなければならない。
たったそれだけのことなのに、苦しくて悲鳴をあげている人々もいるのだ。

そんな人々は、
たぶん「終わり」を待ち望んでいる。

伴侶を亡くしたブロ友さんが言っていた。
自分は「無」
になりたい…と言っていた。

俺にはブロ友さんの気持ちが分かるような気がするんだ。

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