朝の5時半すぎには目が覚める。
夏場は朝日が出ていたが、この季節になると、外はまだ真っ暗だ。

俺はリビングからバルコニーに出る。
周囲に人影はない。
物音もしない。

本来、バルコニーは開放的な場所だ。
しかし、暗闇の中にいるせいか、圧迫感や閉塞感を覚えてしまう。

だが、そんな閉塞感が嫌いなわけではない。

自分の内面に意識を集中し、心の奥底を覗きこむ。
そのために最適な心理状態を作り出してくれるからだ。

・・・

11月7日の水曜日。
この日も早朝に目覚めてしまった。
時計を見ると、まだ午前5時37分だった。

俺はかみさんの仏前に座り、線香を焚いた。
窓外はもちろん、部屋の中も真っ暗だった。
ロウソクの灯りだけを頼りにして、しばしの間、かみさんの位牌を見つめていた。

そして俺は、バルコニーに出て、タバコに火を点けた。
頭の中がボンヤリしていた。
まるで靄が掛かったみたいだった。

そういう時には意識の壁が薄くなり、心の深層に隠れていたものが、表層に滲み出してくる。
その滲み出してきたものに、心の耳を傾ける。
すると、自分でも知らなかった自分の内面に気づくことがある。

俺は「容ちゃん…」と呟いた。

呟こうとして呟いたわけではない。
無意識に声が出てしまったのだ。
自分の意思とは無関係に呟いてしまったのだ。

自分で自分の声を聞いた瞬間だった。
俺は無性に哀しくなってしまった。
かみさんがいない…という現実を、俺は改めて認識させられたのだ。

かみさんの不在。
そんなことは、とっくの昔から分かっていたはずだ。

だが、この日のように、再確認させられてしまうことがある。
そんなときは哀しくなって、泣きたくなってしまうのだ。

だが…
哀しかっただけではない。
もうひとつ、別の何かが俺の中にあったのも事実なのだ。

それは…
かみさんが俺の「中」にいるかのような優しい感覚だった。

ちょうど、俺の心臓のあたりだ。
そこに、かみさんの存在を感じるような気がしたのだ。


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