かみさんが息を引き取った瞬間だった。

周囲の世界が現実感を失って、俺から遠ざかっていった。
手を伸ばせば触れることはできたのかもしれないが、すべてが質感のないホログラムのように見えていた。

周囲と俺との間を透明な壁が塞いでしまった。
そして俺は、壁の外側に排除されてしまった。

俺には透明な壁の向こう側が見えた。
人が死んだのに、壁の向こう側の世界は何らの影響も受けてはいなかった。
人が死んだのに、壁の向こう側の人々は滞りなく日常の生活を送っていた。

俺が見ているのは、果たして現実なのか?
ひょっとしたら、俺は幻覚を見ているのではないか?
こちらとあちらの落差が大きすぎて、俺には壁の内側の光景が現実だとは思えなかったのだ。

それは、とても不快な感覚だった。
それと同時に、とても淋しかった。

かみさんが俺を遺して逝ってしまった。
俺はひとりぼっちになってしまった。
俺はひとりで壁の内側から排除されてしまったのだ。

たとえ排除されたとしても、かみさんと一緒ならば生きていけるだろう。

しかし…
俺はひとりぼっちで排除されてしまったのだ。

そして俺は、もはや壁の内側には戻れないかもしれない…と思った。

・・・

かみさんが亡くなってから数年が経った。
それなのに、いまだに俺は、周囲の世界との間に壁を感じている。

壁の向こう側の人々は、誰も俺と関わろうとはしない。
壁があまりに分厚くて、俺も向こう側の人々に関わることができない。

この世界には、こんなにたくさんの人がいるけれど、俺は誰にも見られていない。
この世界には、こんなにたくさんの人がいるけれど、俺は誰も見ていない。

そうだ。
俺は「いらない人間」だ。

あるとき突然、俺がいなくなったとしても、誰にも気づかれないだろうし、何の影響もないのだろう。


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