この世には、俺の帰るべき場所が無い。
穏やかで、幸せで、安心できて、笑い声の絶えない場所が無い。
肩の力が抜けて、自分の弱みをさらけ出すことができて、素のままでいられる場所が無い。
すべてを受け容れることができると同時に、すべてを受け容れてもらえる場所が無い。

この世界には、もはや俺の帰れる場所が無い。

・・・

かつては俺にも帰れる場所があった。
かみさんの隣だ。

かみさんの隣ではいつだって、すべてを受け容れることができたし、同時にすべてを受け容れられているという実感を持つことができた。

安心だった。
幸せだった。
いつでも笑っていた。

だが、かみさんが亡くなった今、いったい俺の帰るべき場所はどこだろう。
どこに行けば穏やかな気持ちになれるのだろう。
どこに帰れば安心できるのだろう。
どこに帰れば、俺は世界を肯定することができるのだろう。

少なくとも「この世」には、そんな場所などありはしない。

・・・

かみさんの隣に帰りたい。
かみさんと寄り添い、かみさんに触れて、かみさんと一緒に笑いたい。
かみさんと暮らしていた頃に帰りたい。

想い出はわずかに俺を慰めてはくれるけど、それはシャボン玉のように儚く消えてしまう。
想い出は確かに温かいけど、しっかりとした「肌触り」はなく、浮かんでは消え、また浮かんでは消えてしまい、帰るべき場所としての確たる質感はない。

そうだ。
探すだけ無駄なのだ。
もはや「この世」には、俺の帰るべき場所なんか無いのだ。
帰るべき場所などない異邦人として生きていかざるを得ないのだ。

もしも帰るべき場所あるとしたら、たぶんそれは「あの世」だけなんだろう

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