会社から帰宅すると、真っ先に仏壇の前に座る。
かみさんに線香をあげて、夜のお供えをする。

家の中には誰もいない。
話しかける相手はいないし、話しかけてくれる相手もいない。

そうだ。
たったひとりの家族が死んだのだ。
俺はひとりぼっちなんだ。

何もかもを投げ捨てて、このまま崩れてしまいたい。
だが、「もう少しの辛抱だ」と自分に言い聞かせ、シャワーを浴びてから夕食を摂る。

この「もう少しの辛抱」って、どういう意味なんだろう。
俺自身にも分からない。

しかし、辛抱や我慢は永遠に続くものではない。
いずれは必ず終わるときがくるはずだ。

終わりがあるという確信があるからこそ、俺は今まで耐えてこられたのだ。

就寝するまでの間、俺はウィスキーをちびちび飲みながら、ボンヤリ時間を潰す。
楽しいわけではないし、面白いわけでもないけれど、他にやりたいことはないし、時間をやり過ごす方法も知らないのだ。

酒に酔って意識が遠のいてきた頃を見計らい、俺は抗鬱剤と精神安定剤を飲む。
だが、薬は効いているはずなのに、得体の知れない緊張感が、身体の芯から抜けてくれない。
俺の中の深い部分の圧力が増し、高熱を発しているかのようなのだ。

このままでは眠れない。
眠れなければ、残酷な現実から逃げられない。
ほかに頼ることができるのは、睡眠導入剤だけだ。

俺は眠剤を飲み、かみさんの仏前に座って線香を焚く。
線香が燃え尽きるまで、俺は漂う煙を眺めている。

心が次第に静かになっていく。
俺の中の深部の圧力も低下しているかのようだ。

この静かな心が翌朝も続いてくれたらいいのにな…と思いつつ、俺は深い眠りに落ちていく。

・・・

しかし…
翌朝それは、必ず襲ってくるのだ。
眠っている間は静かだったのに、目覚めた瞬間、俺の中心が震えていることに気づくのだ。

俺は救いを求めるように、かみさんの仏前に座り込む。
線香に火を灯し、かみさんに手を合わせる。

それでも俺の震えは止まらない。
毎朝こんなことの繰り返しだ。

苦しいのだ。
辛いのだ。
それでも俺は、「もう少しの辛抱だ」と自分に言い聞かせ、これからも耐えていかなければならないのだろうか。

かみさんが死んで何年も経った。
俺は十分に辛抱してきたはずだ。

だからこそ…
そろそろ解放してくれてもいいんじゃないか…と思うのだ。


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