最近のブログを読んで、気づいてくれた方もいるようだ。
先々週末あたりから、俺の気分は落ちているのだ。

鬱がひどい。
強烈な不安感でいたたまれない。

ひどく厭世的になっている。
生きていることにウンザリしている。

最初は8月10日から12日までの3連休だった。
なんらかの”きっかけ”があったわけではないのだが、俺は突然、落ちてしまった。

だが、連休が明ければ回復するだろう…と思っていた。

ひとりぼっちだからダメなんだ。
会社に行って、部下たちの顔を見れば、少しは孤独感も癒されるだろう。
そう期待して、8月13日の火曜日を迎えた。

しかし…
やっぱりダメなのだ。
何故だかとっても哀しくて、何故だかとっても淋しいのだ。

さらには不安感や倦怠感も加わって、ただ生きているだけのことが苦しいのだ。
死んだら楽になれるのに…と心の底から思うのだ。

そういう俺の姿に気づいた者たちの中に、わざわざ俺に近づいてきて、面白そうに眺めている奴がいる。
卑劣な嗤いを浮かべつつ、俺をさらに突き落とそうと待ち構えている奴がいる。

もちろん俺の同僚のことではない。
俺の部下には、そんな変質的な趣味を持ち合わせている人はひとりもいない。

だが…
この世界には確かに存在している。
苦しんでいる人々、喘いでいる人々、慟哭している人々を嘲笑い、根拠のない優越感に浸っている変質者がいるのだ。

・・・

伴侶や子どもを喪ってしまう。
世界でいちばん大切な人と死別してしまう。

その気持ちを言葉にするのは本当に難しい。

自分の半身が削ぎ落された。
心にポッカリ穴が開き、そこから自分の魂が脱け出してしまった。

周囲の世界がリアリティを失った。
そして、自分の手の届かないところに遠ざかっていった。

ひとり遺されてしまったことに絶望した。
残された余生の長さに絶望した。


こんなに言葉を尽くしても、最愛の人との死別に伴う感覚は、体験していない人には決して分からない。
下手をすれば、体験したことのある人にさえ通じないのだ。

それならば…
分からないことに口を出すべきではないと思うのだ。
放っておけばいいじゃないかと思うのだ。
わざわざ絡んでくる必要など無いのだ。

だが、世界は野次馬で溢れている。
いちばん大切な人を亡くすって、どんな気持ちなんだろう…
これは野次馬たちの好奇心だ。

そうだ。
俺たちはいつだって、野次馬たちの好奇心の的にされているのだ。


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