2010年6月27日の早朝。
かみさんは眠るように逝った。
当直医から、かみさんの死亡が宣告されたのは、午前6時53分だった。

それから1時間ほどの間、俺は自分が何をしていたのか記憶がない。
気づいたときには、俺は病院の駐車場に座り込んでいた。

いったい俺は、こんなところで何をやってるんだ?と思ったのは一瞬だった。
俺はすぐに病室に向かった。

かみさんは微笑を浮かべていた。
あまりにも美しい笑顔だった。

かみさんの遺体が全身から「光」を放っているように見えた。
あまりにも神々しい「光」だった。


しかし…
呼び掛けても返事がなかった。
手を握っても握り返してこなかった。

俺はかみさんが死んだことを理解したのだ。

・・・

だが、頭で理解しただけだ。
俺の心の深い部分は、かみさんの死を受け入れてはいなかった。

その翌日の朝、俺はかみさんの微笑を見て号泣した。
心と身体が引き裂かれるほどに悲しかったからだ。
かみさんを助けられなかった罪悪感で、心身が引きちぎられそうだったからだ。

しかし、あの慟哭の原因は、悲しみや罪悪感だけではないような気がした。

そうだ。
俺はかみさんを呼び戻そうとしていたのだ。

このまま死ぬんじゃない…
こちら側に戻ってこい…


俺は慟哭することで、かみさんの命を繋ぎとめようとしていたのだ。

お通夜と告別式でも同様だった。
棺の中で眠るかみさんの姿を見れば、彼女の死を頭では理解することができた。

だが、心の奥底では、かみさんの死を否認しつづけていた。

戻っておいで…
還っておいで…


俺は心の中で、かみさんに呼び掛けつづけていた。

かみさんが荼毘に付された後も変わらなかった。
骨になってしまったにもかかわらず、俺はかみさんを「こちら側」に連れ戻そうとしていたのだ。

俺は虚空に仰ぎつつ、かみさんの気配を求めて徘徊していた。

・・・

あの頃の俺は、いつだって慟哭していた。
しかし、あの慟哭には”希望”があったのだと思う。

泣き叫び、探し求めていれば、かみさんが還ってきてくれる。
そんな微かな”希望”だとしても、希望は希望だ。

たとえ”希望”が幻想であり、ある種の狂気であったとしても、”希望”があればこそ、俺は自分の精神を保つことができたのだ。
とても悲しかったけれど、”希望”があったからこそ、俺は奈落に堕ちるような鬱状態になることはなかったのだ。

だが…
いつの頃からか、”希望”は”絶望”に変わってしまった。

単に頭で理解するだけではない。
俺は心の奥底で、かみさんの死を認めてしまったのだ。

もう彼女は還ってこない…と悟った瞬間。
俺は奈落に堕ちたのだ。


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