かみさんが亡くなってからも、時の流れが止まることはない。
俺の主観的な時間は、かみさんの死とともに止まってしまったが、周囲の世界は俺の主観とは無関係に変化していった。

時間が経過するにつれて、あらゆるモノが秩序を失って、ゆっくりと崩れていった。

かみさんが元気だった頃。
俺たち夫婦は二人で力を合わせ、すべての崩れを塞き止めて生きてきた。

しかし…
かみさんはいないんだ。

ひとりぼっちでは、崩れを止める気力も湧いてこない。
なすすべもなく、俺はすべてが少しずつ崩れていくのを呆然と眺めているしかなかった。

眺めているだけでは崩れが止まるはずもない。

いずれはどうにかしなければ…と思っていた。
それでも俺は、だましだまし暮らしてきてしまった。

頭の片隅では、そんな暮らしが長続きするはずもないだろうとは思っていた。
それでも俺は、あらゆるモノが崩れていくのを見ているだけだった。

ひょっとすると、すべての崩れはどこかで自然に止まってくれるかもしれない…と淡い期待を抱いていた。
運が良ければ、あらゆる崩れは自然と修復されるかもしれない…とも思っていた。

そんな期待をあざ笑うかのように、すべては崩れは少しずつ進行していった。

・・・

そして…
それは突然やってきた。

すべてが一気に崩れてしまったのだ。

もう先延ばしにはできない。
だましだまし暮らしていくのは限界だ。
やる気も気力も湧いてこないが、そんな自分に鞭を打ち、重たい心と身体を動かして、俺は一歩を踏み出さなければならない。

こんなとき、ひとりぼっちは辛いな…と思う。
かみさんがいてくれたらな…と思う。

かみさんがいてくれた頃、俺はすべてを乗り越えてくることができた。
かみさんのために…と思えば、俺はあらゆる障害を乗り越えてくることができた。

だが…
やっぱりかみさんはいないんだ。

いちばん大切な人のためならば、人間はいくらでも頑張ることができる。
しかし、自分だけのために頑張るっていうのは面倒くさくて鬱陶しい…と思うのだ。


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