かみさんが癌と診断される前の年。
かみさんの伯母が亡くなった。
死因は肝細胞癌だった。

伯母は亡くなる少し前、「あんまり良い人生じゃなかったな…」とつぶやいていたそうだ。
そのことは、頻繁に見舞いに行っていたかみさんから聞いた。

伯父はずいぶん前に亡くなった。
病弱な伯父だったそうだ。

病に苦しんでいた伯父は、伯母に八つ当たりばかりしていたらしい。
伯母にとって、伯父との結婚生活は、決して幸せなものではなかったのだろう。

しかも自分まで癌になってしまった。
伯母は相当苦しんだそうだ。

そんな伯母の口から出た言葉が「良い人生じゃなかったな…」だった。

・・・

俺はどうだろう。
俺が死ぬ瞬間、「良い人生だった…」と言って死んでいけるんだろうか。
それともやはり、「良い人生じゃなかったな…」と言いながら死んでいくんだろうか。

このブログでも何度も触れたが、かみさんと出会う前の人生は辛かった。

俺は「毒母」によって荒らされる家庭で育った。
俺も、俺の父親や妹も、「毒母」の撒き散らす「毒」に冒された。
かみさんと出会う前の人生は、本当に辛かった。

かみさんと出会うことなく、俺が年をとり、死んでいくことになったら、間違いなく「良い人生じゃなかったな…」と言いながら死んでいっただろう。

だが…
俺はかみさんと出会った。

それ以前に付き合った女性たちとは違う。
かみさんは俺に「光」を見せてくれたのだ。

俺には、かみさんと暮らした20年がある。
だからこそ、「良い人生だった…」と言いながら死んでいきたいという気持ちがある。
それが、精一杯、俺を愛してくれたかみさんに対する感謝の気持ちであり、また礼儀でもあるだろう。

だが、果たして「良い人生だった…」と言いながら死んでいけるんだろうか?

かみさんのいない今、毎日が地獄だ。
寂しい。悲しい。切ない。やるせない。
この地獄がいつまで続くのだろう。

仮に俺が70歳まで生きたとすると、幸せだったのは、かみさんと一緒に暮らした20年だけであり、残りの50年は地獄だ。
人生の大半が地獄だということだ。

人生の大半をもがき苦しんできて、それでも死ぬ瞬間に「良い人生だった…」と言えるんだろうか。

俺は今、人生から解放されたがっている。
生きることが苦しいからだ。
それにもかかわらず、俺は「良い人生だった…」と言いながら死んでいけるのだろうか?

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