早朝5時半には起床して、かみさんの仏前に座る。
かみさんに線香をあげて、俺は遺影と目を合わせる。
かみさんの表情を窺うものの、特段の変化はなく、俺は落胆する。

バルコニーに出てみると、まだ人の気配は感じない。
みんな寝静まっているのだろう。

鬱がひどい。
底冷えしそうな不安感で身体が震えている。

何もかもが嫌だ。
何もかもが面倒だ。

このまま死んじゃえばいいのに…と思う。
せめて早く年を取り、世間から離れて暮らしたい…と思う。

俺はタバコに火をつけて、ゆっくり煙を吐きながら、鬱と不安感を払拭しようとする。
だが、どうにもならない。

強いウィスキーでも飲めば、多少は楽になるのだろう。
しかし、出社前に酒を飲むわけにもいくまい。

俺は鬱と不安感を抱えたままで、マンションの中に戻る。

ちょうど米が炊ける頃だ。
俺はお供えの準備を始める。

なんで俺がこんなことをやっているんだろう…
なんで俺はこんなことになっちゃったんだろう…

かみさんの供養をしている自分が惨めになってしまう。
この年齢で「供養」という行為に勤しむ自分が惨めになってしまうのだ。

まだ41歳なのに、伴侶を喪ってしまった。
かみさんにとっても俺にとっても、人生の折り返し地点に差し掛かったばかりだった。

かみさんが息を引き取った日から。
俺は自分の妻の供養を続けてきた。

残りの人生も、かみさんの供養のために費やされるだろう。
俺の人生の半分は、伴侶の供養のために費やされるだろう。

なんて惨めな人生なんだろう…と思う。
なんて虚しい人生なんだろう…と思う。

だが、次の瞬間だ。
その思いが「自己憐憫」にすぎないことに気づく。

俺は惨めな思いを抑圧しつつ、自分で自分を嘲笑う。

お供え物を仏前に運び、再びかみさんに手を合わせる。
しばしの間、遺影を見つめつつ、かみさんを想う。

このまま座っていたくなる。
だが、俺は想いを断ち切って、スーツに着替えて出勤する。


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