ごく普通の幸せな人々が醸し出す空気。
守りたい家族がいて、自分の居場所となる家庭があって、世界は優しく温かいと信じている人々の醸し出す空気。
世界はそんな空気で満たされている。

温かくて、柔らかいはずなのに、その空気が疎ましい。
刺激物となって、俺の心身にまとわりつく。

空気が肌に沁みる。
心を切り刻む。
ヒリヒリとして痛い。
その感覚が、俺を不安にさせる。

俺の醸し出す空気は、重たくて悲しい。

周囲の人々の空気と、俺の空気とが反発し合う。
反発し合った空気が俺を傷つけるだけならいい。

だが、周囲の幸せな人々を傷つけてしまえば最悪だ。
そうはならないように、俺は重たくて悲しい空気を身体の中に閉じ込める。

行き場を失った空気は、俺の中で暴れ狂い、俺の心身を引き裂く。
悲しい。寂しい。そして苦しい。

そんなとき、ここは俺のいるべき場所じゃない、今ここではないどこかに行きたいと願う。
だが、どうせ居場所なんかありはしない、穏やかな気持ちになれる場所なんかありはしない。

いつだって不安だ。
どこにいたって落ち着かない。

俺は世界との調和を欠いてしまったらしい。

・・・

眠っている間だけ、俺はわずかに世界との調和を取り戻す。
一日のうちで、眠っている間だけは、悲しみからも、寂しさからも、苦しみからも解放される。

眠りは「小さな死」であると言われる。
だとすれば、俺にとっての安息の場所、かみさんを亡くした悲しみを抱えつつ、それでも穏やかな心を取り戻せる場所、それは「生」の中にはないのかもしれない。

おそらく、「死」の中にこそ、優しさ、温かさ、やわらかさ、そして調和があるのだろう。

きっと、俺が死ぬ瞬間、かみさんが迎えに来てくれる。
そのとき、俺はようやく悪夢から覚めるだろう。
そして、かみさんと俺はひとつになり、溶け合うことだろう。

それは、この上ない至福の瞬間であるに違いない。

にほんブログ村 家族ブログ 死別へ
←いつもありがとうございます。ポチっとクリックお願いします。
にほんブログ村