伴侶や子どもと死別するということ。
最愛の人を喪ってしまうということ。

それが悲しいのは人として当然のことだ。

いちばん大切な人を亡くした者であれば、自分の半身を削ぎ落とされてしまったかのような、心にぽっかり穴が開いてしまったかのような、周囲の現実が自分から遠のいてしまったかのような、「あの感覚」を知っているはずだ。

世界が足元から崩れ去り、未来を見失い、生きることに絶望してしまう「あの感覚」も知っていることだろう。

だが…
多分それだけではない。
最愛の人に先立たれた者たちは、他にも共通項を持っているのではないか…と思うのだ。

それは「隠棲」への衝動だ。
誰とも関わりたくないという願望だ。
世間から遠く離れた場所で、残りの人生を過ごしたいという意志だ。

世界は笑顔で満ち溢れている。
世間は幸せな空気で充ちている。

その笑顔が目障りなのだ。
その空気が肌を切り裂くのだ。

誰も憂いを知らない。
誰も自分の身をひき裂かれるような激しい悲しみを知らない。

誰もが生きていることを謳歌している。
誰もが死にたくなるほどの絶望を知らずに生きている。

あの人たちの放つ幸せそうなオーラが、俺たちの胸に突き刺さり、俺たちの心を惨めにさせるのだ。

なんで俺だけなんだ?
なんで私だけなんだ?
あんまりにも不条理じゃないか…

周囲にあるのは幸せそうな笑顔ばっかりだ
その中に佇んでいると、心は凍え、不快な孤立感で潰れそうになってしまう。

そうだ。
この世界は「いたたまれない」のだ。
多くの人々に囲まれて、惨めな思いをするくらいなら、世間との関わりを断って、「隠棲」したほうがマシなのだ。

それはとても淋しいことだろう。
それは分かっている。

それでも心が乱されるより、淋しい思いをしつつ、心穏やかに余生を送りたい…と思うのだ。


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