9月25日から体調を崩している。

全身がとてもダルい。
咳や痰が止まらない。
27日の未明からは熱も出している。

どうやら風邪をひいたらしい。
本当は休暇を取って寝ていたい。

だが、会社は繁忙期だ。
片付けなければならない仕事が山ほどある。
俺が休んだら部下たちに迷惑を掛けてしまう。

俺は無理をして出勤し、仕事に勤しんでいる。

・・・

カフェインを大量に摂り、脳の中枢神経を興奮状態にもっていく。
するとダルさを感じなくなる。

しかし、体調が回復したわけではない。
あくまでダルさを誤魔化して、身体に無理をさせているだけに過ぎない。

カフェインが効いている間はテンションが高い。
心拍数や血圧が上がっているらしく、多少の息苦しさは感じるが、仕事は捗る。

だが、その日の仕事が終わり、帰宅の途に就くころになると、脳の興奮が覚めてくる。
すると、身体に無理をさせた反動がやってくる。
ダルさと疲れが一気に押し寄せてくるのだ。

帰宅をしたら、何もかもを投げ出して、床に就いて眠りたい。
しかし、ひとりぼっちでは、そうもいかないのだ。
帰宅した後も、最低限の家事くらいはやらなければならないからだ。
そして何よりも、翌朝かみさんにお供えするものの準備をしなければならないからだ。

ダルさと疲れはピークに達している。
それでも俺は、フラフラになりながら家事をこなす。

ようやく床に就くと、すぐに眠りに落ちてしまった。

・・・

かみさんが元気だった頃。
これほどまでに自分の身体を酷使したことがあっただろうか。

仕事は今より遥かにハードだった。
残業時間はハンパじゃなかった。
だが、かみさんがいた頃は、仕事がどんなにキツくても、心はゆったりしていた。

そうだ。
精神的な”ゆとり”があったのだ。

あの”ゆとり”こそ、かみさんが生み出してくれたものだ。
かみさんの醸し出す軽やかな空気が、あの”ゆとり”の源泉だったのだ。

毎日、愛妻弁当を持たせてくれたとか、専業主婦として家事を完璧にこなしてくれたとか、そういうことではない。
ただ、かみさんがいるというだけで、心も身体もゆったりしていたのだ。

俺はあの”ゆとり”を知っている。
ずっと知らずに生きてきたのなら、いまのキツい状況も甘んじて受け入れるだろう。

しかし、俺はかみさんと出会い、”ゆとり”を知ってしまった。
だからこそ、俺はいま置かれた状況に耐えられない。

キツい毎日が続いている。
そんな日々に、俺は唾を吐きたくなってしまうのだ。


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