かみさんが癌だと診断された「あの日」から。
俺の神経はずっと張り詰めている。
脳はいつでも興奮状態だ。

どうやら俺の全身は、過剰に緊張しているようなのだ。

身体の芯が熱を持っている。
体温が心なしか高い。

脂汗が出てくる。
呼吸が荒い。

いつでもイライラしている。
いつでも何となく哀しい。
そして、理由もないのに不安なのだ。

こんな状態がずっと続いていれば、俺の精神も肉体も、はるか以前に壊れていただろう。
それでも今日までの間、俺は耐えてくることができた。
これは、「こんな状態がずっと続いて」いなかった証左と考えていいだろう。

かみさんが亡くなってから飲み始めた睡眠導入剤。
それが俺の神経を鎮め、筋肉を弛緩させてくれたに違いない。

かみさんが亡くなってからの1か月。
俺はほとんど眠れなかった。

布団の中で、朝までかみさんを想って泣いていた。
いや、「泣いていた」というより「哭いていた」のだ。

かみさんのことがかわいそうで、胸が引き裂かれそうだった。
かみさんを守れなかった罪悪感で、潰れてしまいそうだった。
そして何よりも、最愛の人を亡くすということが、あんなに悲しいとは思っていなかったのだ。

1か月も熟睡できないというのは本当に辛かった。
俺は心療内科に行き、それ以来、今でも睡眠導入剤のお世話になっている。

・・・

薬が効いている間はいい。
心は穏やかになり、身体から余分な力が抜けていくからだ。

しかし、薬というのは哀しみを消してくれるものではないらしい。
すべての原因である「哀しみ」を取り除いてくれるわけではなく、防波堤のように「哀しみ」を堰き止めているだけなのだ。

薬の効き目が切れれば防波堤は決壊する。
そして「哀しみ」が津波のように押し寄せて、俺を飲み込んでいく。

すると、俺の深部の体温が再び上昇し、脂汗が噴き出してくる。
穏やかだったはずなのに、俺は再び不安になるとともにイライラする。

生きづらい。
本当に生きづらいのだ。
自分の心と身体が自分の思いどおりにならないのだ。

そうだ。
薬の効き目が切れるたび、俺は自分が普通じゃないことを悟るのだ。


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