いまだに風邪が治らない。
会社は超繁忙期で疲れも溜まっている。

そんなときに3連休が来るのはありがたい。
たっぷり眠り、ゆっくり身体を休めることができるかもしれない。

だが、眠れる時間なんて限られている。
夜はせいぜい6時間程度だし、朝からウィスキーを飲んだとしても、昼寝ができるのは2時間弱だけだ。

それ以外の時間をどうやって潰せばいいんだろう。
考え始めると気持ちが滅入ってしまうので、考えないほうがいいんだろう。

今から心配していても仕方がない。
どうせ連休に突入すれば、寝ている間以外は鬱(うつ)との闘いになるからだ。

勝ち目のある闘いではない。
だからと言って、避けることもできやしない。
だったら鬱を受け入れるしかないだろう。

そして歯を食いしばり、連休が過ぎ去るのを待つしかないのだ。

・・・

かみさんは秋(9月~11月)の3連休が好きだった。

こんな言い方をすると、「かみさんは秋がいちばん好きだったのだな…」と思われてしまうかもしれない。
だが、そういうわけではない。

かみさんはすべてを受け容れているような人だったので、秋だけではなく、春も夏も大好きだったし、冬だって大好きだったのだが、秋の3連休も大好きだったのだ。

たくさん外出をして、いっぱい美味しいものを食べる。
それがかみさんの秋の連休の過ごし方だ。

俺はかみさんに誘われて、あちこちを散歩したり、温泉地などを旅行したりして、美味しいものをたっぷり食べた。

かみさんは専業主婦だったので、どこにどんな美味しい店があるのかを日常的に調べておいてくれた
そのおかげで、いわゆるハズレの店に当たってしまったことはない。

かみさんにとって、秋は「食欲の秋」だったんだろう。

・・・

かみさんは本当に楽しそうだった。
そんな彼女の姿を見ていると、俺も自然と幸せな気持ちになってしまった。

あの日々を取り戻したいとは思う。
だが、それは決してかなわないことを知っている。
今の俺は、かみさんを喪った直後より冷静なのだ。

しかし、ようやく猛暑が過ぎつつあって、秋の気配が近づいてくると、やはり「かみさんの笑顔が見たいな…」と思うし、「あの頃は幸せだったな…」とも思う。
そして、「また二人で一緒に美味しいものを食べに行きたいな…」とも思う。

もはや過ぎ去ってしまい、取り戻すことはできない日々なのに、心のどこか奥底で、手を伸ばせば「あの頃」に還れるような気がしてしまう。

たぶん秋の風景が、かみさんのいた頃と変わらないからだ。
あまりにも変わらなすぎて、今でもかみさんが生きているような気がしてしまうのだ。

その錯覚は心地好い。
しかし、次の瞬間には虚しくなって、哀しくなってしまうのだ。


にほんブログ村 家族ブログ 死別へ

にほんブログ村← いつもありがとうございます。ポチッとクリックお願いします。