巨大な台風が過ぎ去って、気温は急激に低下した。
日照時間は短くなって、早朝5時に起床しても、外はまだ真っ暗だ。
これから本格的に秋になり、そして冬がやって来るだろう。

かみさんが亡くなってから、ずっと世話になっている心療内科の主治医が言っていた。
こういう気候は鬱(うつ)を悪化させる場合が多いのだそうだ。
今後しばらくの間、鬱の悪化に気を付けたほうがいいとのことだった。

主治医の言葉は俺の心に響かなかった。
気を付けたほうがいいと言われても、いったい何をどう気を付けたらいいんだよ!と心の中でツッコミを入れた。

気温が高かろうと、日照時間が長かろうと、俺が鬱であることに変わりはない。
かみさんが亡くなって以来、俺はずっと鬱に潰されそうになりながら生きてきたのだ。

・・・

かみさんが亡くなってからの数年間。
喪失感に耐えられずに泣いていた。
自分の半身をザックリ裂かれたみたいで泣いていた。
かみさんの気配と痕跡を探して泣いていた。

だが、人前で泣いたことは、ほとんどない。
俺の涙を見たことがあるのは、義母と義弟のK君くらいだったはずだ。

そうだ。
俺は誰にも自分の涙を見せなかった。
俺は誰にも自分の心の中を見せなかった。

かみさんを亡くした悲しみや喪失感を押し殺し、涙を抑圧していたのだ。

悲しみや喪失感を押し殺す。
自分の心身に閉じ込めてしまう。

しかし、閉じ込められても消えたわけではない。
確かに「ここ」にあるものに蓋をして、周囲から見えないように隠しただけだ。

隠しただけであれば、悲しみや喪失感は次第に密度を高めて沸騰していく。
中心部に向かって急速に収縮し、巨大な重力場となって、俺を引きずり込もうとするのだ。

それでも俺は、誰にも涙を見せなかった。

本当は、他人の目を気にせず泣いてしまえばよかったのかもしれない…と思う。
衆人環視の中で、泣き叫んで悲しみを放出してしまえばよかったのかもしれない…と思う。
喪失感に耐えられず、誰彼かまわず助けを求めてしまえばよかったのかもしれない…と思う。

だが、俺は涙を抑圧し続けたのだ。
まるで能面のような無表情で、心の内側を隠し続けたのだ。

この「悲しみや喪失感を隠す」という行為こそ、俺が鬱(うつ)になってしまった原因なのだと思う。

・・・

ひとりぼっちのときは泣き叫んでしまえばいい。
だが、他人の前では決して泣かない。

誰にも見せない。
誰にも聞かせない。
誰にも気づかせない。

俺は徹底的に涙を堪え、感情を押し殺していた。

泣かなかったからと言って、笑えるわけではなかった。
また、普通に会話ができるわけでもなかった。
たぶん周囲の人々からすると、俺の心は”ここにあらず”に見えたはずだ。

あの頃の俺は、確かに茫然自失としていた。
ひとりぼっちのときは泣き叫んで発散していたが、周囲に人がいるとき、俺は鬱状態に沈み込んでいたのだ。

・・・

あれから数年が経ったものの、俺はいまでも鬱を引きずっている。
以前と違うのは、周囲に人がいる時に「普通の人」を演じることができるようになったことだ。
今の俺は、笑うことだってできるし、普通に会話をすることもできる。

本当は笑うのも面倒くさいし、会話をするのも鬱陶しい。
それでも俺は、やはり「普通の人」を演じなければならない。

しかし、ひとりぼっちになったとき、鬱に縊り殺されてしまいそうだ。

死にたくなるんだ。
消えたくなるんだ。

拒絶したくなるんだ。
破壊したくなるんだ。

何故ひとりのときに鬱が酷くなるのだろうか。
主治医に状況を説明したが、今のところ納得のいく診断は下されていない。

だが…
かみさんが亡くなったばかりのころ、俺は悲しみを抑圧すべきではなかったのだろうとは思う。
喪失感を隠すべきではなかったのだろうとも思う。

発散されるべき時に発散されなかった悲しみが、密度を高めて巨大な重力場と化しているのだ。


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