以前、ある新聞に出ていた。
男性は「
配偶者より先に死にたいと考える人が多い」のだそうだ。

日本ホスピス・緩和ケア振興財団が行った調査によれば、「
自分が先に死にたいか、後に死にたいか」と質問したところ、既婚男性のうちの8割近くが「自分が先に死にたい」と回答したそうだ。

自分が先に死にたい…と答えた人たちに対し、
その理由も聞いている。

3番目に多かったのは、「
パートナーがいないと生活が難しい」
2番目に多かったのは、「
死ぬときに傍にいて欲しい」
そして1番多かったのは、「
パートナーを失う悲しみに耐えられない」だった。

・・・

この調査の結果に違和感はなかった。
俺もかみさんより先に死にたいと思っていたからだ。

理由はひとつ。
かみさんを失う悲しみに耐えられないだろう…
と思っていたからだ。

かみさんを喪って、
予想していたとおりの事態になってしまった。
俺は悲しみに耐えられなかった。
壊れてしまったのだ。

かみさんを亡くした後、「複雑性悲嘆」と診断されて、
3年半も会社を休職してしまった。
そこから何とか這い上がってきたものの、今だってマトモではない。

楽しくもない。
面白くもない。
身近なところに「死」があって、親近感さえ覚えてしまう。

俺にとって、「死」
は恐れるものではないし、忌避するものでもない。
むしろ、
憧れの対象にさえなっている。

伴侶と死別しても立ち直る人だっているんだろうが、俺はたぶん、
決して元の自分には戻ることはできないだろう。

・・・

パートナーを失う悲しみに耐えられない。
かみさんだったら、
どうだろう…と考えた。
答えは出なかった。

ただ、
かみさんはいつも笑顔で言っていた。

二人で一緒に死ねたらいいねぇ…
死ぬときは二人一緒がいいよねぇ…

こんな辛い思いを彼女に味わわせなくて良かった…
のかもしれない。

にほんブログ村 家族ブログ 死別へ
にほんブログ村←いつもありがとうございます。ポチッとクリックお願いします。