10月23日の水曜日。
早朝の5時を過ぎたばかりの頃だ。

まだ目覚まし時計は鳴っていない。
それでも自然と目が覚めた。

覚めたと言っても頭はまだボンヤリしており、俺の意識は明晰ではない。
時間が流れているという感覚はなく、自分の肉体さえ意識されていない。
まるで心だけが漂っているかのようだ。

半分は目覚めているが、半分は眠っているようで、どちらかと言えば良い気分ではない。
この不快な気分から逃げたくて、もう一度、眠ってしまいたいと思う。
俺が安らぐことができるのは、自分の意識が無いときだけだからだ。

時間が流れているという感覚はないけれど、それでも時間は経っていく。
そして突然、目覚まし時計が鳴った。
その音によって、俺の意識は覚醒した。

その覚醒の瞬間だ。
より正確に言えば、目覚まし時計が鳴り始めてから、意識がハッキリするまでのコンマ数秒間だ。

目を開けたとき、俺は誰かの気配を感じ、ほんの一瞬だけ救われたような気持ちになった。
だが、次の瞬間には自分が”ひとりぼっち”であることを再認識し、奈落の底に墜ちたのだ。

この心の変化は、あまりの短時間で起こるため、見逃してしまいそうな気もするし、見逃してしまえば辛くはないはずだ。
しかし、心がささくれ立っているせいか、俺の神経は鋭敏になりすぎていて、コンマ数秒の間に起こる変化も捉えてしまうのだ。

あの一瞬の間に大きな心の変化を経験してしまった。
癒された…と感じた次の瞬間、俺はどん底に突き落とされてしまったのだ。

・・・

初めに「誰かの気配」を感じた瞬間だった。
俺は自分が”ひとりぼっち”ではないと思った。
この家の中に俺以外の誰かがいる、俺にも家族がいるんだと思った。

とても温かかった。
まるでキッチンから朝食の香りがしてきそうだった。

だが、それは幻覚だった。
コンマ数秒後には、自分はやはり”ひとりぼっち”なのだと気づいてしまった。

俺の傍には誰もいない。
この家の中には俺以外、誰もいない。

誰も俺を見ていない。
俺は孤独なんだと思った。

こういう体験はしたくない。
あまりにも悲しすぎるからだ。

まるで、再びかみさんを亡くしたかのような喪失感だったからだ。

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