かみさんが元気だった頃。
俺はかみさんというフィルターを通して世界を眺めていた。

そのフィルターはとても包容力があって、とても優しかった。

周囲に広がる世界に優しかっただけではない。
俺自身にも優しかったのだ。

俺はすべてを受け容れることができた。
そして、すべてが俺を受け容れてくれた。

だが…
かみさんは死んでしまった。

俺は最愛の人を亡くすとともに、世界を眺めるフィルターを失ってしまったのだ。

あの瞬間、世界は俺から遠のいていった。
あらゆるモノが現実感を失ってしまった。

それ以来、俺は現実感を取り戻すため、遠ざかった世界を自分に引き寄せようと努めてきたのだ。

・・・

かみさんがいた頃とは明らかに違っているのだが、俺はある種の現実感を取り戻したような気がしている。
周囲の世界がリアリティを回復したのだ。

しかし…
それは決して優しいものではなかった。
俺の眼前には、醜悪な世界が広がっていた。

最愛の人を喪って、すべてを失ってしまったのに、世界はさらに俺から奪おうとしている。
たとえ醜悪であろうとも、ようやく回復した世界だと思ったのに、世界は俺を排除しようとしている。

せっかく取り戻した現実感ではあるけれど、やっぱり俺は、こんな醜悪な世界を好きになることはできない。

かみさんが隣にいたならば、俺は醜悪な世界と闘うだろう。
事実、かみさんが元気だった頃、俺は世界と闘ってきたのだ。

だが、かみさんはもういないのだ。
俺に生きる力と意味を与えてくれた人はいないのだ。

もう闘う気力なんかない。
だから素直に負けを認めてしまおう…と思う。

奪われてしまえばいい。
排除されてしまえばいい。
それでいいと思っている。

俺はすでに最悪の事態を経験してしまった。
最愛の人に先立たれるという最悪の経験をしてしまったのだ。
だとしたら、もう何が起こっても怖くはないはずだ。

そうだ。
俺は死ぬ覚悟ができている。

それならば…
何が起こっても諦めて、受け入れてしまうことができるはずなのだ。

にほんブログ村 家族ブログ 死別へ
にほんブログ村←いつもありがとうございます。ポチッとクリックお願いします。