たぶん生きることに意味なんて無い。
俺に限ったことではなく、人間なんて、みんながそうなんだ。
産まれてきてしまった以上、生きるしかないだけのことだ。
死への恐怖が本能に組み込まれている以上、自ら命を断つことが難しいだけのことだ。
この世に「生」を受けてしまった以上、どんなに死にたくても簡単には死ねないんだ。
たとえ人生が無意味であろうとも、どうせ死ねないのなら、幸せに生きたいと願うのが普通だろう。
いつかは必ず死ぬけれど、死ぬまでの間くらい、幸せに暮らしたいと思うのが当然だろう。
そうやって、誰もが幸せの源泉を探すんだ。
俺にだって、幸せの源泉があったんだ。
だが、ようやく手に入れたのに、幸せの源を失ってしまうことだってある。
世界で一番大切なモノを失ってしまうことだってある。
自分にとって、最も大切なモノを無くしたら、幸せになるための努力はおろか、ただ生きていることにさえ絶望してしまうことだってある。
そんな人、自分の身近にはいないよ…と思う人も多いだろう。
以前は俺の身近にも、そんな人はいなかった。
だが、ある日突然、俺自身が「そんな人」になってしまった。
・・・
今の俺は惰性で生きている。
本当は死にたいけれど、死ぬ勇気が無いから生きている。
そんな俺にとって、毎日は苦しみの連続だ。
そんな俺にとって、人生は拷問のようだ。
今すぐ逃げ出したいのに、逃げ道なんてありはしない。
いつだって哀しいんだ。
いつだって寂しいんだ。
いつだって苦しいんだ。
いつだって痛いんだ。
それでも俺は、死ぬことなんてできないだろう。
本能が俺を拘束し、俺を生かし続けるんだ。
だけど…
俺は本当に哀しいんだ。
俺は本当に痛いんだ。

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俺に限ったことではなく、
産まれてきてしまった以上、
この世に「生」
たとえ人生が無意味であろうとも、どうせ死ねないのなら、
いつかは必ず死ぬけれど、
そうやって、誰もが幸せの源泉を探すんだ。
俺にだって、
だが、ようやく手に入れたのに、
自分にとって、最も大切なモノを無くしたら、
そんな人、自分の身近にはいないよ…と思う人も多いだろう。
だが、ある日突然、
・・・
今の俺は惰性で生きている。
本当は死にたいけれど、死ぬ勇気が無いから生きている。
そんな俺にとって、毎日は苦しみの連続だ。
そんな俺にとって、
今すぐ逃げ出したいのに、
いつだって哀しいんだ。
いつだって苦しいんだ。
それでも俺は、
本能が俺を拘束し、
だけど…
俺は本当に哀しいんだ。

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コメント
コメント一覧 (7)
いつだって、どこにいたって、こころは哀しい、寂しい、苦しいですね。
それも、毎日…。
最愛の人を亡くした人は、何人も見て来たけど、こころの中までは、見えなかった…。
なんでも、経験してみないと分からない事が沢山ある事も分かっていた…。
でも、最愛の人を亡くして、こんなに辛い毎日が続くなんて分からなかった…。
寄り添う人が側にいない寂しさ、辛さがこんなにも、続くなんて、知らなかった…。
例えばお正月等のイベント、呪いの言葉等原因がある程度特定できて崩れ落ちることは予想がつく 困るのは突然襲って来る時だ 何もなく過ごしている時に急に襲いかかる空しさ悲しさ この対処が未だにできない ICレコーダーに残っていたあなたの声をオーケストラを聞くかのように最大音量で再生する 普段は自分の心の中で2人でした会話を再生してるのに、まるで今この世にこの人は存在してるんですとでも全ての人に訴えたいかのようだ どんなにもがいてもどうにもならないこの瞬間に嫌気がさし、消えてしまおうなどと薬を見つめる 気がついた時には寝てしまっていて、ICレコーダーは電源入ったまま再生が終わっていた 計画なく自死してしまう人ってもしかしてほんの一瞬、本人もそんなつもりはなかったのに、そんな時実行したら死んでしまった そんな気がしてきた
愛する人を失い、自身のコントロールが出来なくなっていることに
恐れを感じる
ありがとうございます。
今の喪失感、寂しさ、痛さ、苦しみ。
読んで、自分の気持ちだと思いました。
周りの人と自分、
何か一線をひかれているように感じます。
私も痛いです。
本当に心が毎日痛いです。
もうすぐまる3年になるのに、毎日毎日夫のことしか考えられず、何をしていても誰といても楽しめなくなりました。
私の心は、夫の死と共に死んでしまいました。
生きたいのか、死にたいのか、死にたいのか、生きたいのか、渦巻きのような日々にもがき苦しんでるだけです。
声をあげて泣いても、二度と夫との日々は、かえってきません。
私達は、どう生きたらよいのでしょうか?
気がつくと「生きるって辛いね…」蝋燭の灯にほんのり染まる主人の遺影に、日がな呟いています。
主人に出逢うまでは、生きることが愉しいとか苦しいとか考えることすら無かった、のら犬みたいだった(のら犬さんに失礼)。そんな自分に悩むこともなかった。
思いがけず幸せにしてくれた。でも、他でもない、その人が一度だけ呟いた「何のために、人間は生きてるんだろうな」と。幼い頃から苦労の連続だった人は、世の喧騒に何を見ていたのでしょうか。
山歩きや釣りが好きだった。同族の私は幸せにして貰えた、でも主人も私も毎日、一日中歩いていたかった、木漏れ日のなかを。
今になって気づいた、最愛の人といっしょに歩いたから、主人と二人でいっしょに生きたから、すべてがあんなにも美しかったんだと。
再会したら、またいっしょに歩こうね。それから満天の星を見つめながら朝焼けを待とう。何も考えないで、明日を思い悩むこともなく。
とぼとぼさん
同じです。
昨年突然死で
主人を亡くしました。
私達に子供は無く
夫婦、親友、最愛の主人を
なんの前触れもなく私の前から
旅立った主人を想い
昨年より
哀しみ、辛さ、寂しさが、深く、深く私を
襲います。
何をしても、いつも
主人を想っています。
涙のスイッチは
一日に何度も、何度も。
彼が旅立った時に、私も一緒に
逝きたかった。
身も心も
哀しみで、いっぱい。
後追いたいが、それは主人が1番嫌がる事はわかっています。
でも、こんな苦しい毎日が
とても辛いです。
早く迎えに
来て下さい。
貴方に逢いたく仕方ない。
抑鬱の身体は重く、階段は特に辛かった。重い体を引きずるように登って、息が切れた。
心はどよん、としていて、他の人の笑い声がカンに触った。
何故そんなに、キャッキャと笑いながら、テンション高く話すんだろう。。
何も面白くない内容なんだけどな…と心でツッコミ、白けた顔をしていた。今日は愛想笑いさえできなかった。
主人がいた頃は私もきっとこんなだったのだろう
小さな事に感動したし、笑い、楽しかった。
穏やかで、人にも寛容でいられた。
みんな主人のおかげ、だったんだなぁ
亡くなってからの私は全てにおいてボロボロです。
自分の辛さ、哀しさ、寂しさ、全てに押し潰されている。。もう消えてなくなりたい…
朝が来なければいいのに。。眠ったまま亡くなって行けたらどんだけ幸せだろう。。そんな事ばかり考えてます。それだけ辛い、生きている事は。
年末に近づき、食事のお誘いが増えましたが、鬱で何もやる気になれず、人と話したくなくて、片っ端から断っています。そんな自分も嫌です。
この先どうなるのか…このままだと本当に強制終了するしかないのかな。
どんな励ましも響きません。励まされたり、って、余計辛くて死にたくなる。
何もわかってない!と腹が立って
かえって反発するだけだからかな。
分かるわけはないだろう、最愛の人を喪って、自分さえ見失って、頭がもうおかしいのだから。
だから、もうそっとしておいて欲しい。
どうしたら良いのか、もうわからない。。
ただひたすら哀しくて、辛い