家の外は、まるで戦場のようだ。
周囲にいるのは味方ばかりではない。
敵もたくさんいるのだ。

そこには競争があり、対立があり、軋轢がある。
いつ敵に襲われるか分からない。
不快な緊張感が全身に染みわたる。

だから自ずと戦闘体制になってしまう。
いつ襲われても反撃できるように、心は研ぎ澄まされて、全身の筋肉に力が入る。

どうやら敵も同じみたいだ。
こちらに襲われることを警戒している。

お互いに刃を抜いて、にらみ合っているのだ。
これでは疲れてしまうけど、刃を引っ込めたら敵は即座に襲いかかってくるだろう。

だからと言って、こちらから斬りかかるわけにもいかない。
一瞬のスキができて、こちらが斬られてしまうかもしれないからだ。

敵も自分が同じ状況だということを知っているらしい。
自分から斬りかかってこようとはしない。

いつでも相手を斬れるように。
いつ相手が斬りかかってきても対応できるように。

お互いがお互いに刃を向けて、にらみ合っているのだ。
これでは疲れきってしまうのが当たり前だ。

そうこうしているうちに夜になる。
とりあえず明日の朝までは休戦だ。

お互いに刃を収め、自分の家に帰っていく。

朝から晩まで極限の緊張状態にあった。
すでに疲労は限界に達している。
それは敵も同じだ。

こんな毎日を送っていれば、お互いに疲れてしまうことは、お互いが分かっている。
それならば、平和条約でも締結すればいいのだが、この不毛な闘いは、いつまで経っても終わらない。

なんてクダラナイ世界なんだろう…とは思う。
しかし、これが世界の実相なのだとも思う。

人間の一生は、死ぬまで闘いなのだ。

・・・

こんな辛い世界に生まれてしまった。
楽しいことよりも、うれしいことよりも、苦しいことのほうが多い世界だった。

しかし…
それでも生きてくることができたんだ。

俺にはかみさんがいたからだ。

闘いに疲れ、傷を負い、その場に倒れてしまいたいと思った。
それでも俺は、かみさんの顔を見たかった。
だから俺は、這いつくばってでも家を目指した。

すると、そこにはかみさんが両手を広げ、満面の笑顔で待っていた。
俺はうれしかった。

明日からもまた、不毛な闘いが続くだろう。
しかし、かみさんの笑顔があれば耐えられた。

そうだ。
世界はあまりにもクダラナイ。
人生はあまりにも不毛だ。

それでも大好きな人の笑顔があった。

愛する人の笑顔があれば、人生には意味がある…なんて言うつもりはない。
だが、どんなに不毛な世界だろうとも、どんなに無意味な人生であろうとも、大切な人の笑顔があるだけで、なんとか耐えられてしまうものなのだ。

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