12月1日の日曜日。
午前6時半に目が覚めた。
平日よりは遅い時間の起床だった。

かみさんにお供えをした後は、午前10時まで時間を潰さなければならない。
ケーキ屋さんの開店時間が午前10時だからだ。

10時までの間、俺はウィスキーを飲みながら、ソファに寄りかかってマッタリ過ごしていた。
すると、昔のことが思い出されてきた。

かみさんと俺が、まだ幸せだった頃のことだ。
あれはたぶん平成10年か11年のクリスマスが過ぎた頃のことだった。

かみさんと俺は、例年どおり、年末年始をかみさんの実家(当時は旭川市)で過ごすため、北海道の大地にいた。
旭川に向かう前の数日間、かみさんと俺は、函館の温泉地に宿泊していた。

ある日の夜。
かみさんと俺は、二人で一緒に美味い「天ぷら」を食べに行った。
ビールやワインもたっぷり飲んで、すっかり気持ちが良くなっていた。

かみさんと俺は、散歩が大好きだ。
例によって、天ぷら屋からホテルまで歩いて帰ろう!ということになった。

旭川ほどではないにしろ、函館だって、それなりに雪が積もっている。
しかも夜は更けている。

そんな中、かみさんと俺は、他愛のない会話をしつつ、のんびりホテルまで歩いて行った。
おそらくホテルに着くのに1時間ほどは掛っただろう。

ソファでマッタリしていると、あのときの光景が頭に浮かんだ。
なぜ思い出されたのか、理由は分からない。

あの頃は幸せだったな…と思った。
あの頃は楽しかったな…と思った。

いつの間にか、俺は咽び泣いていた。

・・・

10時が過ぎて、俺は外出をした。
ケーキを6個と白ワイン1本を買ってから帰宅した。

かみさんの仏壇の前に座り、買ってきたものをお供えした。
これでやるべきことはやり終えた。

12月1日はかみさんの誕生日。
生きていれば53歳だ。

53歳という年齢に実感が湧かない。
かみさんは実年齢より若く見られていたからだ。

かみさんが24歳のときには高校生と間違われていた(そのとき一緒に歩いていた俺は、知人とすれ違い、大学4年生なのに女子高生と付き合っていると勘違いされてしまった)

また、かみさんが癌だと診断されて、最初に入院した癌研有明病院の看護師たちからは、どうみても30歳前後にしか見えない、下手をすれば20歳代後半でも通用すると言われかみさんはご満悦だった。
その時かみさんは43歳で、その年の12月1日に44歳になるはずだった。

だが…
44歳の誕生日を迎えることなく、かみさんは逝ってしまった。

・・

12月1日の日曜日。
俺は泣いてばかりいたような気がする。
泣き叫ぶわけではないのだが、咽び泣いてしまったり、べそをかいてしまったりを繰り返していたのだ。

かみさんが亡くなってから、それなりの時間が経っている。
だから俺は、今さら「記念日反応」などと言うつもりはない。

しかし…
やっぱりあの頃に還りたい…とは想う。
あの頃は本当に幸せだった…とは想う。

かつては持っていたけれど、もはや絶対に手に入らないものがある。
そんなものを求め続けるのは、あまりにも切ないことだ。

けれど、やはり自分にとって、いちばん大切なものは、そう簡単には手放すことはできない…とも思うのだ。

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