現在1月17日の午前6時36分。
いつものとおり、通勤電車の中でブログの記事を書いている。

周囲を見回しながら駅に向かった。
行き交う人々の足取りが軽かった。

何がそんなに愉快なんだろうか…と疑問を感じた。
何故そんなに幸せそうなんだろうか…と不思議に思った。

だが、それも一瞬だった。
俺はすぐに人々の笑顔の理由に気づいたのだ。

今日は金曜日だったのか…
明日からは週末の連休だったんだ…

多くの人々が、家族と触れ合う時間を楽しみにしているんだろう。

かみさんを喪ってから、曜日の感覚が薄れてしまった。
あれから時が経ったのに、いまだに曜日の感覚は元に戻らない。

ときどき金曜日であることを失念してしまう。
会社の部下たちや、同じ立場の(伴侶を亡くした)メル友さんから指摘されて気づくことが少なくない。
今朝も周囲の人々が醸し出す空気に触れたとき、ようやく金曜日であることに気づいたのだ。

・・・

かみさんが元気だったころ。
俺は金曜日が大好きだった。
どうやって週末を過ごそうか…と考えるのは楽しかった。

しかし、考えても意味はなかった。
どうやって過ごすかについての決定権は、かみさんが握っていたからだ。

楽しむために、どこで何をするのが良いのだろう…
そういうことは、かみさんに任せておけばいい。
楽しむことにかけては、かみさんは天才的な能力を持っていたからだ。

今、俺の隣にかみさんはいない。
どうやって週末を過ごそうか…
俺は毎週、途方に暮れてしまう。

だが、あらかじめ考える必要はないだろう。
考えておいたって、どうせそのとおりにはならないからだ。

早朝5時過ぎには起床する。
かみさんに線香をあげて、お供えをする。
一週間分のゴミを捨てて、家の中を掃除する。
そして洗濯をする。

ここまで終われば、あとはやることがない。
テレビを見たり、本を読んだりしているうちに、原因不明の不安感が、腹の底から沸き上がってくる。

沸き上がった不安感は、神経や血管を通して全身に染み渡る。
そして、俺自身が溶けてしまいそうになるんだ。

結局はウィスキーを飲んで、不安感を散らすしかない。
酔いつぶれて寝てしまったら、不安感は自然と遠ざかる。

それが俺の週末だ。
ここ数年間、そんな週末を繰り返してきたのだ。
どうせ今週末も同じだろう…

金曜日に特有の軽くて明るい空気の中で、俺だけが暗くて重たいオーラを纏っている。
そして、明るさと暗さの間に”摩擦”が起こった。

そしてまた、俺は自分の居場所を失ったのだ。

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