以前、ある女性からメールを頂いた。
その女性は10数年前、最愛のご主人を癌で亡くされたのだそうだ。
子どもはおらず、10数年間、独りぼっちで寂しく暮らしてきたらしい。

その女性がおっしゃっていた。
『主人が亡くなった直後から、私の「終わり」が始まったのです』

終わりの始まり…
これは、俺がかみさんを亡くした直後から、ずっと感じていたことと同じなのだ。

・・・

通常「終わり」というものは、時間軸における最後の「点」を意味する。

学校であれば、卒業する瞬間が「終わり」だろう。
会社であれば、退職する瞬間が「終わり」だろう。
映画やドラマであれば、ラストシーンが「終わり」だし、漫画であれば、最後の一コマが「終わり」だろう。

人生であれば、死ぬ瞬間。
それが「終わり」だ。

そうだ。
いつだって「終わり」は、大きさ持たない「点」としての時間のはずなのだ。

・・・

かみさんが息を引き取った直後のこと。
激しくて、身を引きちぎられるような悲しみや、深い喪失感と同時に、さまざまな感情が俺に襲いかかった。

その時に感じたことの一つを、今でもはっきりと覚えている。
それは、「俺の人生も終わったんだ…」ということだ。

俺の人生も終わった…
この感覚はいまだに消えず、俺の中に蹲っている。

本来「終わり」は、大きさを持たない。
長さもなければ幅もない、面積も持たない「点」であるはずだ。
それなのに、どうやら俺にとっては違うようなのだ。

冒頭の女性もそうだが、ひょっとすると、伴侶やお子さんを亡くした人の中には、同じような感覚を抱いている人も多いのかもしれない。

・・・

かみさんが亡くなった瞬間、俺の「終わり」が始まった。
そして、「終わり」はこれからもずっと続いていくんだろう。
俺が死ぬ瞬間まで、俺は「終わり」を味わい続けるんだろう。

俺が死ぬ瞬間。
それは「終わり」という苦悩が終わる瞬間だ。

たぶん、それは、至福の瞬間であるに違いない。

にほんブログ村 家族ブログ 死別へ
にほんブログ村←いつもありがとうございます。ポチッとクリックお願いします。