平日。
朝5時半ごろに起床する。

鬱がひどい。
不安感がひどい。
それでも俺は、かみさんの仏前に座って線香をあげる。

かみさんにお供えをする。
このまま仏壇の前に座っていたいな…と思う。

だが、スーツに着替えて出勤する。
通勤電車の中でブログの記事を書く。
朝の沈んだ気分がブログの記事に反映してしまう。

朝7時すぎには会社に着く。
昼休みまでは仕事に集中する。

昼休みに飯を食い、その後は仕事に勤しむ。
今日こそ定時で帰りたいな…と思うが、帰れた試しは一度もない。

仕事が終わって帰宅の途に就く。
身体は既に疲れきっている。

家に着く。
かみさんの仏壇の前に座り、ふたたび線香をあげる。

シャワーを浴びて、コンビニ弁当を食う。
その後は就寝時間までウィスキーを飲む。
適当な時間に睡眠薬を飲み、眠くなったら寝てしまう。

寝ている間に不快な夢を見る。
そして朝が来て目が覚める。

平日は毎日この繰り返しだ。

・・・

土日や祭日。
やはり朝5時半すぎには目が覚める。

鬱がひどい。
不安感がひどい。
それでも俺は、かみさんの仏前に座って線香をあげる。

かみさんにお供えをする。
掃除や洗濯など、ひととおりの家事をする。

その後はなんにも無い。
鬱や不安感に耐えられないし、どうやって時間を潰したらいいのか分からない。

仕方がないのでウィスキーを飲む。
強いアルコールのおかげだろうか、鬱や不安感が軽くなる。
そして俺は酔っぱらい、リビングのソファか仏壇の前で寝てしまう。

目が覚める。
ふたたび鬱と不安感が襲ってくる。
俺はまたウィスキーを飲む。

夜になったら睡眠薬を飲む。
眠くなったら寝てしまう。

寝ている間に不快な夢を見る。
そして朝が来て目が覚める。

土日や祭日は毎日この繰り返しだ。

・・・

かみさんが亡くなって数年が経った平成29年の4月以降のことだ。
俺は「かみさんを亡くして哀しんでいる奴」ではなく、「普通の人」を演じることができるようになった。
その演技は功を奏し、周囲の人々は、俺が「かみさんとの死別を今でも哀しんでいる」ことに気づいていない。

でも…
現実の俺は、哀しくて辛くて苦しいのだ。

俺の平日は上に書いたとおりだ。
俺の土日や祭日も上に書いたとおりだ。

なんの変化も無いのだ。
なんの抑揚も無いのだ。
楽しくもないし、面白くもない。

まるで監獄に閉じ込められてしまったかのようだ。
息が詰まって仕方がない。

この閉塞感に耐えられない。
だから俺は、この世界を破壊したい…と思う。
俺を閉じ込めている「壁」を壊してしまいたい…と思うのだ。

しかし、そんなことができるはずもない。
それなら俺は、俺自身を破壊するしかないと思う。

監獄に閉じ込められた閉塞感から逃れる方法は二つしかない。
ひとつは監獄から脱走すること。
もうひとつは監獄に閉じ込められた自分自身を破壊してしまうこと。

俺は他人に迷惑をかけるつもりはない。
だったら俺は、自分自身を破壊するという選択肢しか持ってはいないのだ。

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