いつか迎えに来てくれる日まで

数年前の6月27日、たった一人の家族、最愛の妻を癌で喪った。独り遺された男やもめが「複雑性悲嘆」に喘ぎつつ、暗闇の中でもがき続ける日々の日記。

カテゴリ : 夢の話

意識と無意識(深層心理)との間には「壁」がある。
意識は整然としているが、無意識は混沌としている。
混沌とした無意識から整然とした意識を守るため、壁は存在しているのかもしれない。

だが、あまりに混沌としているためか、無意識の領域は高熱を持っている。
抑圧された悪夢のような記憶、すでに忘れてしまったはずの過去の記憶が蓄積しているため、無意識は強くて激しい熱を持っているのだ。

一方、整然とした意識の領域は冷えているような気がする。
だからだろうか、空気が涼しいところから暑いところに流れるように、整然としているはずの意識が壁を越え、無意識の領域に浸透し、そこに抑圧された記憶をのぞき込むのだ。

とりわけ眠っている間は顕著だ。
意識が無意識と混ざり合い、意識が無意識の中の記憶に侵される。

あれは無意識による意識への暴力だ。

・・・

俺はガキのころ(小学校4年生くらいまで)、頻繁に悪夢を見たらしい。
悪夢を見るたびに暴れだし、両親を驚かせていたそうだ。

どんな夢を見ていたのか。
本当に俺が暴れたのか。
俺自身の記憶はない。

だが、翌朝に目覚めると、寝る前に着ていたパジャマがビリビリに破けていたことが何度もあった。
あれは俺が暴れた痕跡だったのだろう。

成長に伴って、夜中に暴れだすことは減ったものの、大学生になっても悪夢から自由になれることはなかった。

・・・

かみさんと出会ってからは、ほとんど悪夢を見ていない。
まったく見なくなったとまでは言わないが、悪夢を見たという記憶もないのだ。
たぶん多少は見たんだろうが、数えるほどしか見ていなかったんだろう。

しかし…

かみさんが亡くなってから、俺は頻繁に悪夢を見るようになってしまった。

ひょっとすると、寝ている間はうなされているのかもしれない。
だが、かみさんが隣にいないので、自分がうなされているのか分からないのだ。

夢の内容はさまざまだ。
しかし、そこにはある種の共通点が垣間見える。

俺が夢の中で体験するもの。
それは人間の悪意であり、人間の狡猾さだ。
それは人間の醜悪さであり、人間の卑劣さだ。
それは人間の残酷さであり、人間の残忍さだ。

それらは俺の無意識に刻み込まれた、人間に対する印象の反映なのだろう。

それほどまでに…
俺は人間という生き物を憎悪しているのかもしれない。


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以前は頻繁にかみさんの夢を見た。
亡くなったはずのかみさんと再会する夢や、かみさんと一緒に散歩をしている夢だった。

そういう他愛のない夢だけではない。

かみさんの魂は生きているんじゃないだろうか…
かみさんの魂は俺の「中」にいるんじゃないだろうか…
そんなふうに感じさせてくれる夢を何度も見たのだ。

かみさんの魂と俺の魂とがひとつになって、俺の内側が大きな歓喜で満たされる…

ストーリーはないし、起承転結もなかったが、かみさんとの一体感が、俺の全身を包んでくれるような夢だった。

あまりに印象が強かったため、あれらの夢の記憶は今でもハッキリ俺の脳内に刻まれている。

ときには悲しい夢も見た。
ときには恐ろしい夢も見た。

だが、かみさんの夢を見ることが、俺の唯一の楽しみだった時期が確かにあったのだ。

すでにその時期は通り過ぎてしまったらしい。
俺は最近、かみさんの夢を見ていなかった。

・・・

俺は久しぶりにかみさんの夢を見た。
9月5日の未明のことだった。

俺はカウンター越しに誰かと会話をしていた。
どうやら面倒な会話のようだ。

俺の視界には、かみさんの姿はない。
しかし、かみさんの気配と視線を感じることはできる。

かみさんが少し離れた場所から俺を見守ってくれている。
かみさんの視線はやわらかくて温かい。

俺にはかみさんの心の中が分かった。

どんなに遅くなってもプーちゃんの傍にいてあげよう…

どんなに遅くなっても…って、いったいどういう意味なんだろう。
夢の中、俺はかすかな疑問を覚えた。

しかし…
かみさんの気持ちが嬉しかった。
プーちゃんの傍にいてあげよう…という気持ちが嬉しかった。

俺の心の中は、かみさんへの感謝の想いでいっぱいになった


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6月に入ってから。
俺はずっと睡眠障害に悩まされている。

睡眠薬を欠かしたわけではないのに、毎晩4時間くらいしか眠れないのだ。

目覚める時間は日の出の前らしく、外はまだ薄暗い。

こんな時間に起床しても仕方がない。
俺は布団の中で目を閉じている。

すると、浅い眠りに落ちることがある
その浅い眠りが心地好いものであれば、俺は穏やかな朝を迎えることができるだろう。

しかし…
この浅い眠りは不愉快なのだ。

浅い眠りに落ちたとき、俺はいつでも悪夢を見てしまうからだ。

・・・

俺の心の深層には、過去の残酷な記憶が蓄積している。
それらは普段、無意識の領域に封じ込められているが、意識と無意識との壁が薄れたとき、それらが意識の領域に浸透してくる。

かみさんが元気だったころ。
俺は悪夢なんて見なかった。
心の奥底には、過酷な体験がもたらしたトラウマが蹲っていたはずなのに、俺は悪夢にうなされることなんてなかった。

心も身体も傷だらけだったはずだ。
だが、その傷はかみさんが優しく塞いでくれていたんだろう。

それが今ではどうだろう。
毎晩のように悪夢に脅かされてしまうのだ。

悪夢から覚め、起床するのは朝の5時30分だ。
俺はむっくり床を出て、かみさんの仏前に座って線香を焚く。

自分の全身が震えていることに気づく。
夢の内容は覚えていないのに、不安と恐怖だけは心身の中に残っているらしい。

ここ3週間ほど、毎朝、同じことの繰り返しだ。

・・・

俺は毒親のもとに生まれ、虐待されて育ってきた。
そこで作られたトラウマは、幼稚園児から高校生までの俺の人生を大きく左右した。

もちろん自分で選んだ境遇ではない。
あんなクソみたいな親の子として生まれたのは、俺の”運”が悪かっただけだ。

痛かった。
苦しかった。

それなのに…
かみさんが傷を塞いでくれた。
かみさんと一緒にいた頃は、自分の心に深い傷があることさえ忘れていたのだ。

もはや傷を塞いでくれる人はいない。
自分で塞ぐしかない。
だが自分で塞ごうと思っても、こちらが無防備になれば、傷は向こうから襲ってくる。

たぶん死ぬまで縛られるのだろう。
あの忌まわしい記憶とともに、俺が消滅する瞬間まで、俺は傷に拘束されるのだろう。


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4月12日の未明のことだ。
俺は夢を見ていた。

かみさんが出てきてくれたわけでもない。
とても不快な夢だった。

誰かが俺の前にいた。
その誰かが俺に語り掛けていた。

その言葉はハッキリ覚えている。

ひとりぼっちになってはいけない
ひとりぼっちになってはいけない…


夢の中。
その言葉を聞きながら、俺は心の内側で反発していた。

ひとりぼっちになってはいけない?
だったら、どうしろって言うんだよ…
どうしようもないじゃないか…


それでも誰かは俺を諭し続けていた

ひとりぼっちになってはいけない…
ひとりぼっちになってはいけない…


あまりにもシツコイ。
とうとう俺はゲンナリしてしまい、反発する気力を失って、誰かの言葉を聞きながら蹲っていた。

・・

午前5時50分に目が覚めた。
気分は最悪だった。

ひとりぼっちになってはいけないだと?
好きでひとりぼっちになったわけではない。

俺はかみさんを亡くしたんだ。
たった一人の家族を喪ったんだ。

には家族がいないんだ。
俺には家庭がないんだ。

ひとりぼっちは仕方がないじゃないか。
どうしようもないじゃないか。

それなのに…
夢の中の「誰か」はひとりぼっちを否定した。

どうしようもないことだってあるんだ。
どうしようもないことをどうにかしろと言われるのは不愉快だ。

自分の見た夢にブチ切れても仕方がない。
しかし、他には怒りの矛先が見つからず、俺は「誰か」を破壊したくなっている。

いずれにしても…
自分で思っている以上に、俺は「ひとりぼっち」が辛いんだ。
普段は抑圧しているが、俺の深層は「ひとりぼっち」が苦しいんだ。


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3月31日の深夜から4月1日の未明にかけて。
俺は何度も夢を見た。

夢を見ては目を覚まし、眠りに就いたら夢を見た。
その繰り返しで朝を迎えてしまった。

見ていたのは、いずれも同じような夢だった。
かみさんが闘病している夢だ。

俺はかみさんを助けるために、たくさんの人に救いを求めて回った。
良い治療法を知っている人々があちこちにいて、俺はその人々に治療法を聞いて回った。

だが、誰ひとりとして治療法を教えてはくれない。
俺を焦らせて期待させるくせに、結局は誰も治療法を教えてくれない。

彼らはみんな、俺の必死な形相や、俺の落胆した様子を見て嗤っていた。

それでも俺は諦めきれず、別の人々に治療法を聞いて回った。
誰もが治療法を知っているはずなのに、誰も教えてはくれなかった。

俺は人間の悪意を感じた。
間を憎悪した。
それでも俺は、治療法を教えてもらうために、様々な人々を訪ね歩いた。

俺はどうしても、かみさんを助けたかったんだ。

だが、誰も教えてくれない。
とうとう俺は、絶望してしまった。

早朝5時半すぎ。
ようやく悪夢から解放されて、俺は覚醒した。
目覚める寸前まで夢を見ていたせいか、心臓はドキドキして呼吸は荒く、全身が震えていた。

・・・

俺の中に、決して拭うことのできない「人間に対する不信感」が巣食っている。
俺は心の奥底で、人間は姑息で、陰湿で、残酷な生き物だ…と思っている。

だからこそ…
こんな夢を見てしまったのだろう。

だが、それだけではない。
かみさんが闘病中の、あの焦燥感と予期悲嘆が、今でも俺の脳裏に刻み込まれていることに気づいてしまった。

その記憶が今でも俺を苦しめる。
苦しくて、悲しくて、怖いんだ。

願わくば…
あの悲しくも忌まわしい記憶とともに、俺は消滅してしまいたい…と思っている。


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