いつか迎えに来てくれる日まで

数年前の6月27日、たった一人の家族、最愛の妻を癌で喪った。独り遺された男やもめが「複雑性悲嘆」に喘ぎつつ、暗闇の中でもがき続ける日々の日記。

カテゴリ : 一緒に死ねばよかった

かみさんの闘病中、俺が心の中で、常に考えていたことがある。
それは、「かみさんに、俺の命を半分あげよう」ということだった。

命を半分あげる?
そんなことを考えても、決して実現することはない。
冷静に考えれば、「命を半分あげる」なんてできるはずがない。

だが、かみさんが闘病中の俺は、内心、冷静ではなかったのだろう。
かみさんを不安にさせないため、かみさんを死の恐怖から守るため、冷静さを装っていたものの、心の底では狂気が渦巻いていたのだろう。

俺の命を半分あげよう。
俺の命を半分あげれば、俺の寿命は縮まるだろう、そして、かみさんもきっと長命ではないだろう。
二人とも短命かもしれない。

だが、それでいい。
短命でもいいから二人で一緒に生きて行こう。
短命でもいいから、二人で一緒に死ねたら最高に幸せじゃないか。
俺はそう思った。

そのために、俺は自分の命を半分、かみさんにあげようと思っていた。

これは「思考」というものではない。
むしろ「祈り」と呼ぶべきものだろう。

結局、その「祈り」は届かなかった。
俺の心の中を虚しく駆け巡り、そして消えていった。

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かみさんと俺には子どもがいない。
夫婦二人きりの家族だった。
だからこそ、かみさんも俺も、相手をずっと心配していた。

俺が先に死ねば、
かみさんは”ひとりぼっち”になってしまう。
かみさんが先立てば、俺が”ひとりぼっち”になってしまう。

かみさんも俺も、相手を”ひとりぼっち”にすることが怖かった。
それだけは絶対に避けなければならない…と思っていた。

ひとり遺されてしまった方は、深い悲しみと、やり場のない愛情を抱えつつ、それでも死ぬことができずに生きていかなければならない。
二人とも、そうなることを心配しつつ暮らしてきた。

・・・

かみさんは、俺を残して死ねないと言った
俺は、
かみさんを”ひとりぼっち”にしてはならないと思っていた。

だからだろう。
かみさんは日頃から、「
二人で一緒に死ねたらいいねぇ…」、「死ぬときは二人一緒がいいよねぇ…」と言っていた。

そんなとき、
俺はかみさんに応えた。
「二人が人生に飽きたころにさ、『
そろそろ死のうか』って言ってさ、二人で手をつないで寝ころんでさ、『いっせいの、せっ!』で一緒に死ねたらいいよね…」

その言葉を聴いたとき、
かみさんは、「そうだねぇ…」と言いながら、ニッコリと笑ってくれた。

・・・

かみさんも俺も、
死ぬときは二人一緒がいいと想っていた。
先に逝くほうも悲しいし
、遺されるほうも悲しいからだ。
そんなことにならないように、
二人で一緒に逝こうね…と話し合っていたのだ。

だが、
想いはかなわなかった。
二人で一緒に死ぬはずだったのに。
二人で手をつなぎ、笑顔で一緒に逝くはずだったのに。

俺は悲しい。
そして、かみさんも悲しかろう。

ひとりぼっちになってしまった俺とかみさん。

やっぱり俺は、
想うんだ。
一緒に死にたかったと想うんだ。


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目覚めた瞬間から哀しくて、
寂しくて重たくて、どうしようもない。

人の気配がない。
音がない。

何も動くことのない静止した風景。
淀んだ空気。

押し潰されそうだ。

周囲の世界と俺との間には、
見えないけれど、とても分厚い壁がある。
壁のこちら側には、
俺が独りで佇んでいる。
壁の向こう側の人々は、
不安も恐怖も絶望も知らず、皆とても幸せそうだ。

そうだ。
あちら側はかつて、かみさんと俺がいた場所だ。
不安も恐怖も絶望も知らず、かみさんと俺とが笑っていた場所だ。

かつてはいた場所なのだから、
こちら側から手を伸ばせば届きそうなのに、その壁は、決して俺を受け付けない。

・・・

この壁を意識したのは、
かみさんが息を引き取った直後だ。

帯津三敬病院において、
かみさんの死亡が宣告された。
泣きじゃくる義母と、
呆然と佇む俺。

そんな俺の視界に、窓外の光景が映った。
広がる田園。
ジョギングに勤しむ男性。
高速で走るトラック。

なんの変哲もない日常があった。
かみさんが死んじゃったのに、
世界は幸福と歓喜で満たされていた。

あの瞬間、
世界と俺との間には、高くて厚い壁ができてしまった。

壁のこちら側には、生きる意味がない。
死のうと思った。
かみさんと一緒に逝こうと思った。

だが、数年が経ち、
俺は再び壁のあちら側に脚を踏み入れてみようとも思った。
それにも関わらず、壁は依然として俺を拒絶している。

・・・

本当は壁なんて存在しないのかもしれない。
あるとすれば、
それは俺の「中」にあるんだろう。

そうだ。
世界が俺を排除しているわけではない。

俺が世界を拒絶しているのだ。

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それは確か、「あの日」からだったと記憶している。
かみさんが癌だと診断された日だ。

あの日から、
俺たち夫婦は同じ想いを抱いていた。
自分たち二人だけが、
世間から「取り残されてしまった…」という感覚だ。

空間と時間のいずれもが、かみさんと俺を置き去りにして遠のいていった。

・・・

空間はアナログのようでいて、実はデジタルだ。
滑らかなようでいて、実は所々に境界線があるのだ。

かみさんが癌だと診断されたとき、俺たち夫婦は境界線の向こう側に排除されてしまった。

怖かった。
悲しかった。
寂しかった。

だが、かみさんと俺は一緒だった。
排除されてしまったけれど、かみさんには俺がいて、俺にはかみさんがいてくれた。

想う相手がいた。
支えなければならない相手がいた。

相手に対する想いが、
生きる力を与えてくれた。

・・・

時間は過去から未来へと勝手に流れていく。
そこに違和感を覚えたことはなかった。
かみさんも俺も、
流れに乗っていたからだ。

だが、
かみさんが癌だと診断された瞬間から、俺たち夫婦は時間の流れに取り残されてしまった。

世間では、
普通に時間が流れている。
それなのに、
かみさんと俺の時間だけが静止してしまった。

怖かった。
悲しかった。
寂しかった。

それでも俺たちは、笑顔を忘れなかった。
今ここに、かみさんがいる。

未来を想像すれば絶望せざるを得ない。
だが、「今ここ」
にはかみさんがいる。

それがどれほど幸せなことなのか。
俺はその幸せを噛みしめつつ、かみさんと一緒にいられる一瞬一瞬を愛おしんだ。

・・・

かみさんが死んだ。
俺たち夫婦の闘いは終わった。

それでも俺は、
いまだに取り残されている。
空間は遠ざかり、
時間には乗り遅れてしまった。

この「取り残された」
ような感覚が気持ち悪いのだ。

怖いのだ。
悲しいのだ。
寂しいのだ。

ひとりぼっちで取り残されるのは、本当に辛い。

だからこそ想うのだ。
一緒に死ねば良かったな…と想うのだ。
  

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伴侶やお子さんを亡くした人にとって、死は身近でリアルで具体的だ。

普通の人々であっても、いずれは自分も死ぬことを知っている。
だが、それは遠い未来の話。
彼らや彼女らにとっての死は、抽象的な「概念としての死」にすぎない。
自分の死をリアルに想像することなどあるまい。

だが、最愛の人が亡くなれば話は別だ。
死は遠い未来のことではなく、いま目の前にある現実だ。

死が目の前にあるとき、人は想う。
自分はどうやって死んでいくんだろう…
誰にも迷惑をかけずに死んで逝けるんだろうか…
自分が死んだら、すぐに遺体は発見してもらえるんだろうか…

そんなことをリアルに考える必要もなく、笑って暮らしている人々が羨ましい。

・・・

かみさんが亡くなった今、子どものいない俺の死を看取ってくれる人はいない。
運が良ければ病院の医師や看護師あたりに看取ってもらえるかもしれないが、医者や看護師に看取られたって嬉しくも何ともない。

やはり…
愛する人に看取ってもらえることほど有難いことはない。

・・・

かみさんと俺のように、子どものいない夫婦は、やはり二人一緒に死ぬのが一番幸せだ。
片方が先立てば、もう一方は遺されて、独りぼっちで生きていかなければならず、いずれは誰にも看取られることなく死んでいく。

先立つほうだって、辛いはず。
愛する人をこの世に残し、自分だけ逝ってしまうことの心残りを想うと胸が痛い。

かみさんと一緒に死にたかったな…と想う。
同じ病室で、かみさんと二人で並び、手をつないで、お互いの笑顔を見つめつつ死んでいく。

そんな幸せな死に方はないだろう。

・・・

もはや俺を看取ってくれる人はいない。
俺が死んだあと、俺の遺体がどうなろうと構わないが、死ぬ瞬間くらい、愛する人に看取ってもらいたかった。

臨済宗の僧侶・玄侑宗久氏の言う「コミュニケーション欲」、国際コミュニオン学会名誉会長・鈴木秀子氏の言う「なかよし時間」に身を任せつつ死んでいく、それが理想だった。

だが、子どものいない俺、かみさんを亡くした俺には、そんな死に方は望むべくもない。
だったらせめて、ポックリと逝きたい。

かみさんのように、笑顔を浮かべながら逝くことは、俺にはできない。
だったらせめて、ポックリと逝きたい。

愛する人に看取られることほど幸せな死に方はない…ということを知った方がいい。

しかし…
この年齢で自分の死に方を考えるようなことになるとは思ってもいなかった。

だが…
かみさんを喪った今、俺にとって、死はリアルで身近で具体的な問題なのだ。
死はいつだって、俺の目の前にあるのだ。

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