いつか迎えに来てくれる日まで

数年前の6月27日、たった一人の家族、最愛の妻を癌で喪った。独り遺された男やもめが「複雑性悲嘆」に喘ぎつつ、暗闇の中でもがき続ける日々の日記。

カテゴリ : かみさんが遺した言葉

年度末が近づいている。
どういうわけだか知らないが、毎年この時期になると、会社では「定年退職したら、どんな生活がしたい?」という会話が聞こえてくる。

定年間近の社員だけではない。
退職なんて、まだまだ先だ…という社員まで、そんな会話に加わっている。

かみさんが元気だったころ。
俺もそんな話題に加わっていた。

だが、かみさんのいない今、未来のことなんて見えやしない。
かつては想像するのが楽しかったはずなのに、今では明日のことを考えるだけでウンザリだ。

それでも、あえて老後の暮らしを予想してみるが、ロクでもない晩年になりそうだ。

早朝に目が覚めて、かみさんに線香を手向けるだろう。
その後はバルコニーに出て、タバコを吸うだろう。
吸い終わったら、深いタメ息をつくだろう。

部屋に戻って、かみさんにお供えをするだろう。
あとはやるべきことが何にもない
朝から仏前でウィスキーを飲み、酔いつぶれて眠ってしまうだろう。

たぶん死ぬ直前まで、その繰り返しに違いない。

たまには北海道(かみさんの実家)に遊びに行って、2人の義弟たちと盃を酌み交わすかもしれない。
かつての同僚や大学時代の友人と待ち合わせ、昼から酒を飲んで昔を懐かしむかもしれない。

そして…
いまだに納骨していないのに、かみさんの墓参りに行くに違いない。

・・・

定年退職したら、どんなふうに暮らしたい?という質問への回答に耳を傾けていると、部下たちの家庭の様子を窺い知ることができる

嫁さんとゴルフ三昧の暮らしがしたい…とか、夫婦二人で世界一周旅行をしたい…と言う部下たちがいる。
きっと仲睦まじい夫婦なのだろう。

一方で、旦那とは別居して、島で一人暮らしをしたい…とか、実家に帰って一人で農業をやって暮らしたい…と言う部下たちもいる。
夫婦仲の良くない人たちなのかもしれない

俺が定年退職したら、どんな暮らしをしたい?
かみさんと俺も、何度か話し合ったことがある。

かみさんの言葉でいちばん印象に残っているのは、「別荘を買おうよ!」だ。
俺は「函館あたりに買いたいなぁ…」と応えたが、かみさんは「海の近くの暖かいところがいい!」と言った。

俺たち夫婦の決定権は、いつだってかみさんが握っている。
俺は、いずれ房総半島あたりに別荘を買うことになるかもしれないなぁ…と思っていた。

もう一つ、印象に残っているセリフがある。
それは「死ぬときは二人一緒がいいよねぇ…」という言葉だ。

俺もかみさんと同じだった。
二人で一緒に死ねたらいいな…と思っていた。

その他のかみさんの希望は他愛もないことばかりだった。
じぃちゃん、ばぁちゃんになっても、二人で一緒に散歩をしようねぇ…だとか、二人で一緒にいっぱい旅行をしようねぇ…だとか。

かみさんはこれまでと変わらない、平穏な日常を望んでいたのだろう。

・・・

かみさんが癌研有明病院に入院していたときのこと

俺はかみさんに聞いた。
容ちゃん。病気が治ったら、どんな生活をしたい?

かみさんは応えた。
プーちゃん、これからもずっと横にいてね…

荘に比べたら些細な希望にすぎない。
だが、かみさんが心の底から望んでいたのは、ごく普通の日常だったのだ。

だからこそ…
俺はその気持ちを大切にしたい…と思っている。

だからこそ…
俺はかみさんを想い続けよう…と思っている。


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熟睡できなかったせいだろうか。
寝不足で頭に霞が掛かったみたいだ。

北風が強いせいだろうか。
身体の芯が冷えきっている。

それとも昨晩、抗鬱剤と精神安定剤を飲み忘れたからだろうか。
っかり気分が落ちている。

こんな日には、どうしても気持ちが萎えてしまう。
これが「鬱」というものだ。

休日ならば、暖房の効いた部屋の中、かみさんの仏壇の前にうずくまり、ウィスキーをチビチビ飲みながら、夜までボンヤリしていたい。
眠くなったら寝てしまい、一日を無為に過ごしたい。

休暇を取ってしまおうか…と思った。
ここ最近、クソ忙しくて休んでいる暇はないのだが、それでもサボってしまおうか…と思った。
鬱のひどいときは、いつもこんな感じだ。

理性の壁が崩れ去り、欲望が剥き出しになってしまう。
欲望とは言っても、たいしたモノではない。
仕事を休みたいだとか、朝からウィスキーを飲みたいだとか、酔っぱらって寝ていたい…という程度の動物的な欲求に過ぎない。

どうやら俺は、誘惑に負けてしまったみたいだ。
一応スーツに着替えたが、かみさんの仏前から立ち上がる気力がなく、休暇を取ろう…と思った。

俺は床に視線を落とし、深いタメ息をついた。

どうにでもなれ…と思った。
もう何もかもがどうでも いい…と思った。

すべて崩れてしまえ…と思った。
すべて壊れてしまえ…と思った。

哀しかった。
悔しかった。
俺は咽び泣いてしまった。

次の瞬間だった。
かみさんが遺してくれた言葉が、俺の脳裏によみがえった。

プーちゃんがいてくれて、幸せ感じた…

かみさんの声を聞いたような気がしたとき、俺は「こんなことじゃダメだ」と思った。
俺は気力を振り絞り、仏前から立ち上がった。

容ちゃん、ありがとね…

俺はかみさんの遺影に声を掛け、出勤した。


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かみさんが亡くなってから、「再婚すればいいんじゃない?」と言われたことが数回ある。
どういうわけか、男性から言われたことは一度しかない
俺に対して「再婚すれば?」
と言ったのは、女性ばかりだ。

男性に比べ、
女性の方が薄情だとか、俺の気持ちが分かってないなどと言うつもりはない。
女性は女性らしい感性で、ひとりぼっちの俺を心配してくれているのだろう。

だが、
俺は再婚するつもりはない。
俺にとって、
かみさんは代替不可能な存在だからだ。
俺にとって、
かみさんは妻であると同時に、娘でもあり、母でもあり、一番の親友でもあるからだ。

かみさんは俺のすべてだからだ。

・・・

もう一つ、俺が再婚しない決定的な理由がある。

かみさんが癌研有明病院に入院していたときのことだ。
俺はかみさんに、「病気が治ったら、どんな生活がしたい?」と聞いた。

かみさんに希望を持って欲しくて、「病気が治ったら…」
という言葉を使ったのだ。
かみさんに、
光に満ち溢れた未来があると信じて欲しかったのだ。
いずれは病気を治し、平穏で、温かくて、やわらかくて、幸せな日常を取り戻すことができると信じて欲しかったのだ。

どんな生活がしたい?という俺の問いに対し、
かみさんは応えた。
「これからもずっと、横にいてね」

・・・

これからもずっと、横にいて欲しい。
これからもずっと、
一緒にいて欲しい。

これは、
かみさんが俺に託した最期の希望だ。
俺はその望みに応えてあげたい。
かみさんの想いに応えてあげたい。

だから俺は再婚しない。
これからもずっと、かみさんの横にいてあげたいのだ。

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比べれば、世界は「地獄」だ。
比べれば、惨めになってしまう。

だったら比べなければいい。
自分の運命を、
自分の置かれた環境を、自分の「今ここ」を受け容れる。
今ここ」が、どれほど過酷で悲痛だったとしても、それを肯定する。

そんなことができたなら、
少しは世界も生きやすくなるんだろう。

・・・

自分と周囲の人々とを比べてしまう。
直属の上司 (部長) 
は俺より10歳以上も年上だが、奥さんは健在だ。
俺の部下の3分の2以上が俺より年上なのに、誰一人として伴侶を亡くした者はいない。
かつて同じ部署で働いていた友人たちの間にも、誰一人として配偶者を喪った人はいない。

4万人もの社員がいれば、
中には妻や夫と死別した人もいるんだろうし、俺と同じように、「ひとりぼっち」になってしまった人もいるんだろう。
だが、
そういう人は、俺の視界の及ぶ範囲にはいない。
俺の顔見知りの人々は、みんな配偶者と一緒に暮らしている。

周囲を見回すと、
「なぜ俺だけが、ひとりぼっちなんだろう…」
「なんで俺だけが、こんな目に合うんだろう…」
「なぜ俺だけが、こんなに悲しいんだろう…」
「なんで俺だけが、こんなに寂しいんだろう…」
と考え込んでしまう。

周囲の人々と俺との境遇に落差がありすぎる。
やはり俺は、
世界を肯定することができない。

・・・

かみさんはどうだったんだろう。

癌を宣告されたとき、
かみさんは泣いていた。
俺にはかみさんの手を握りしめてあげることしかできなかった。
かみさんは、「なぜ私が…」と思ったはずだ。

だが、それでも。
かみさんは世界を否定したりはしなかった。

入院中、
ほんの数回泣いたけど、かみさんは笑顔を絶やさなかった。
退院後の夢を語っていた。
「プーちゃんがいてくれて、幸せ感じた」と言ってくれた
「プーちゃん、これからもずっと一緒にいてね」とも言ってくれた

かみさんは自分の運命を受け容れて、息を引き取る瞬間まで、
世界を肯定していたはずなのだ。

それなのに、
俺のザマはなんだろう。
なんだか知らないが、
かみさんに申し訳なくて、ますます惨めになってしまうのだ。

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平成22年6月1日。
かみさんが癌研有明病院に入院していた頃のこと。
かみさんと俺は、こんな会話をした。

「容ちゃん。病気が治ったら、どんな生活をしたい?」と俺が聞いた。
「これからも毎年、海外旅行に行きたい。それから、もっとオシャレな生活がしたい」とかみさんが答えた。
そして、しばしの沈黙の後、かみさんが言った。
「そして、プーちゃん、これからもずっと横にいてね…」

かみさんに言われるまでもない。
俺はずっと、かみさんの横にいる。
俺はこれからもずっと、かみさんと一緒にいる。

俺は心の中で、かみさんに誓った。

・・・

かみさんが亡くなった後も、俺の決心は変わらない。

かみさんの菩提を弔い、供養をするだけじゃない。
俺はいつだって、かみさんのことを想っている。
心の中は、かみさんへの想いでいっぱいだ。

俺の心は、これからもずっと、かみさんに寄り添っている。

・・・

人間は「誰かに愛されたい」生き物だ。
だが、「愛されたい」と思う以上に、「誰かを愛したい」生き物なんだと思う。

「誰かを愛している」ことによって、人は生きる気力を見出すのではないか。
そのことは、かみさんを亡くしてから、日々痛感している。

その「誰か」とは、生きている人でなければならないのかもしれない。
生きている「誰か」を愛さなければ、人は生きる歓びを見出せないのかもしれない。
生きる歓びを取り戻すためには、俺も生きている「誰か」を愛さなければならないのかもしれない。

だが、俺にはその「誰か」がいない。
子どものいない俺にとって、愛する家族は、かみさん一人だけだ。
だからこそ、周囲から「再婚すれば?」と言われたりもするのだろう。

でも、俺には再婚する意思はない。
なぜなら、かみさんに誓ったからだ。
「ずっと横にいるよ」と誓ったからだ。

生涯、かみさんの横にいると誓った。
かみさんは俺にとって、生涯の伴侶なのだ。

その誓いを守り通すことこそ、俺が生きる意味だ。
たとえ生きる歓びや気力を取り戻すことができなかろうと、俺はかみさんへの誓いを破るつもりはない。

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