いつか迎えに来てくれる日まで

数年前の6月27日、たった一人の家族、最愛の妻を癌で喪った。独り遺された男やもめが「複雑性悲嘆」に喘ぎつつ、暗闇の中でもがき続ける日々の日記。

タグ: 死別

部屋とYシャツと私。
ふとしたことがきっかけで、この曲を思い出し、聴いてみた。



この曲の中に、次のようなフレーズがある。

「あなた浮気したら うちでの食事に気をつけて 
     私は知恵をしぼって 毒入りスープで一緒に逝こう」

念のため言っておくが、
俺はかみさんと付き合い始めた平成2年以降、一度も浮気はしていない。

かみさんと付き合う前は、あれほど女性関係が乱れていたにも関わらず、
かみさんと出会ってからは、一度も浮気をしていない。

だが何度か、かみさんに聞いたことがある。
「もし俺が浮気したら、どうする?」

そんな時、かみさんはいつも、即座に答えた。
「チンポ、切ってやる」

・・・

この曲には、こんな歌詞もある。

「もし私が先立てば 俺も死ぬと言ってね 
     私はその言葉を胸に 天国へと旅立つわ」

本当は俺も、かみさんに言ってあげたかった。
「容ちゃんが死んだら、俺も一緒に逝く」

だが、「闘病記」に書いている通り、俺はかみさんが末期癌であることを隠し通した。
最期の最期まで、「必ず治るよ。大丈夫だよ」と言い続けてきた。

だから言えなかった。
「容ちゃんが死んだら…」とは言えなかった。
当然、「一緒に逝く」とも言えなかった。

でも今にして想うのだ。
「俺も容ちゃんと一緒に逝くよ」って言ってあげれば良かったと。 

・・・

いずれにしても…
この曲を聴いた時、なんだか、かみさんの声を聞いたような気がしたのだ。

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土日や祭日の朝は辛い。
鬱だか不安感だか知らないが、俺の内部はグチャグチャで、本当に死んでしまいたくなる。

こんなことを言うと、「平日は辛くないのかな…」と疑問を持たれてしまうかもしれない。
だが、平日は平日で辛いのだ。
早く夜になって欲しいと願いつつ、1分1秒を必死で堪え、なんとか一日をやり過ごす。
それだけで疲れ切ってしまうのが俺の平日だ。

これに対し、土日や祭日は、別種の辛さが襲い掛かる。
休日の前日、「明日は仕事に行かなくていいんだな…」と思えば、多少は緊張もほぐれ、熟睡もできて、翌朝には爽やかな気分で目覚めることができるんじゃないだろうかと期待したこともある。
だが、実際に休日の朝を迎えると、「爽やかな気分」とは正反対の、あまりにも重苦しい感覚につぶれてしまいそうになる。

あの重苦しい感覚の正体は何なのだろうか。
かみさんを喪った哀しみか。
かみさんのいない淋しさか。
かみさんのいない世界で生きていく虚しさか。
いずれにしても、あの身も凍えるような、腹の底から湧き上がるような、不快な感覚は耐えがたい。

かみさんを亡くし、俺の心にポッカリ空いた穴。
その穴が、自らの存在を誇示し、俺を押し潰そうとする。

あまりにも哀しくて、あまりにも淋しくて、あまりにも空虚だ。
あまりにも苦しくて、凍えそうで、押し潰されそうだ。
身体が震える。
耐えられない。
消えてしまいたい。

あの感覚から逃れるには、もう一度眠ってしまうのがいいのだろうが、眠りたくても眠れるもんじゃない。
あの感覚に震えつつ、俺は逃げ場を求め、藁にもすがる思いでウィスキーに手を伸ばす。
そして、朝からウィスキーを飲む。

そうこうしていると、昼ごろには、ようやくあの感覚が治まってくる。
その後、泥酔して眠ってしまう。

・・・

平日が辛い。
会社にいるのが辛い。
だから俺は、いつだって「早く週末になって欲しい」と願っている。
会社が休みであれば、心と身体を休めることができるんじゃないか、ほんの少しばかり癒しを得られるんじゃないかと期待する。

それなのに、実際に休日を迎えてみると、あの感覚が俺を襲う。
腹の底から噴き出すような悲しみ?淋しさ?虚しさ?が俺を襲う。

平日は蓋をしている悲嘆、会社では必死で仮面を被り、覆い隠している悲嘆。
その悲嘆は休日になると一気に溢れ出し、堰を切ったように俺を押し流す。
あの感覚は怖い。

結局そういうことだ。
平日も辛いけど、休日だって辛いんだ。
どこかへ逃げたいけど、逃げ場なんてないんだ。

いったいどうしたら、俺は俺の中の悲嘆と共存していくことができるんだろうか。

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かみさんが亡くなって以来、俺はずっと”ひとりぼっち”だ。
子どももいないし、ペットもいない。
実の親は「毒親」だ。

俺を「家族」として受け入れてくれるのは、かみさんの家族(俺の義母や2人の義弟たち)だけだ。
だが、みんな北海道に住んでいるため、めったに会うことができない。

俺は本当に”ひとりぼっち”なのだ。

”ひとりぼっち”には、”ひとりぼっち”なりの生き方があるだろう。
”ひとりぼっち”なったとしても、少しは余生を楽しまなきゃダメなんじゃないか…と思うこともある。

そうだ。
”ひとり上手”になろう。

さて…
”ひとり上手”になるためには、何をしたら良いんだろうか。

まずは、ひとりで旅行に行ってみようかな…と思う。
だが、かみさん以外の人と行った旅行に良い思い出がない。

幼少時に両親に連れられて旅行をしたことはある。
だが、いつもブログに書いているとおり、俺の両親は「毒親」だったので、旅行に行くたびに辛い思いをした記憶しか残っていない。

かみさんと出会う前に交際していた女性たちとは、一度も旅行に行ったことがない。
自分で学費を稼がなければならない貧乏大学生だったため、俺には旅行に行くカネなんか無かったのだ。

旅行って楽しいな…と感じることができるようになったのは、かみさんと出会ってからだ。

かみさんと一緒の旅行は楽しかった。
旅行って、こんなに楽しいんだ!と教えてくれたのは、かみさんだった。
かみさん以外の人と旅行をする気持ちなんて起こらないし、”ひとりぼっち”で旅行に行く気にもなれない。

・・・

旅行ができないのなら、せめて美味いものでも食べに行こうか…と考えることもある。
だが、これも難しい。

定食屋や寿司屋(回ってない方の寿司屋。回ってる方は家族連れが多くて、かえって辛い)、ラーメン屋、居酒屋とかならば、ひとりでも入店することができる。

だが、焼き肉屋だとか、中華料理屋だとか、フレンチ・レストランだとか、イタリアン・レストランだとか、”ひとりぼっち”で入るには抵抗のある店も多い。

かみさんの月命日には、”ひとりぼっち”で入ることのできる店を選び、かみさんのお位牌や遺影と一緒に入店している。
焼き肉屋やフレンチの店にもかみさんを連れて行ってあげたいが、やはり”ひとりぼっち”では入りにくい。
自意識過剰なのかもしれないが、焼き肉やフレンチなんて、”ひとりぼっち”で行くのは惨めで寂しいだけだ。

そういえば…
かみさんが亡くなってから、映画館にも行っていないし、カラオケにも行ってない。

”ひとり上手”になるのは本当に難しいと感じている。

・・・

こんなんじゃダメだ。
”ひとり上手”にならなくちゃダメだ。

しかし…
やっぱり、かみさんがいたから楽しかったんだ。
かみさんと一緒だから何をするのも楽しかったんだ。

かみさんが俺の隣にいない余生。
そんなもの、想像したことさえなかった。

でも、それが俺の現実だ。
余生が短いことを願いつつ日々を生きている。
だがせめて、その余生は”ひとり上手”でいなければならないと思っている。

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たぶん生きることに意味なんて無い。
俺に限ったことではなく、
人間なんて、みんながそうなんだ。

産まれてきてしまった以上、
生きるしかないだけのことだ。
死への恐怖が本能に組み込まれている以上、自ら命を断つことが難しいだけのことだ。
この世に「生」
を受けてしまった以上、どんなに死にたくても簡単には死ねないんだ。

たとえ人生が無意味であろうとも、どうせ死ねないのなら、
幸せに生きたいと願うのが普通だろう。
いつかは必ず死ぬけれど、
死ぬまでの間くらい、幸せに暮らしたいと思うのが当然だろう。

そうやって、誰もが幸せの源泉を探すんだ。
俺にだって、
幸せの源泉があったんだ。

だが、ようやく手に入れたのに、
幸せの源を失ってしまうことだってある。
世界で一番大切なモノを失ってしまうことだってある。

自分にとって、最も大切なモノを無くしたら、
幸せになるための努力はおろか、ただ生きていることにさえ絶望してしまうことだってある。

そんな人、自分の身近にはいないよ…と思う人も多いだろう。
以前は俺の身近にも、そんな人はいなかった。

だが、ある日突然、
俺自身が「そんな人」になってしまった。

・・・

今の俺は惰性で生きている。
本当
は死にたいけれど、死ぬ勇気が無いから生きている。

そんな俺にとって、毎日は苦しみの連続だ。
そんな俺にとって、
人生は拷問のようだ。
今すぐ逃げ出したいのに、
逃げ道なんてありはしない。

いつだって哀しいんだ。
いつだって寂しいんだ。

いつだって苦しいんだ。
いつだって痛いんだ。

それでも俺は、
死ぬことなんてできないだろう。
本能が俺を拘束し、
俺を生かし続けるんだ。

だけど…
俺は本当に哀しいんだ。
俺は本当に痛いんだ。

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かみさんの闘病中、俺が心の中で、常に考えていたことがある。
それは、「かみさんに、俺の命を半分あげよう」ということだった。

命を半分あげる?
そんなことを考えても、決して実現することはない。
冷静に考えれば、「命を半分あげる」なんてできるはずがない。

だが、かみさんが闘病中の俺は、内心、冷静ではなかったのだろう。
かみさんを不安にさせないため、かみさんを死の恐怖から守るため、冷静さを装っていたものの、心の底では狂気が渦巻いていたのだろう。

俺の命を半分あげよう。
俺の命を半分あげれば、俺の寿命は縮まるだろう、そして、かみさんもきっと長命ではないだろう。
二人とも短命かもしれない。

だが、それでいい。
短命でもいいから二人で一緒に生きて行こう。
短命でもいいから、二人で一緒に死ねたら最高に幸せじゃないか。
俺はそう思った。

そのために、俺は自分の命を半分、かみさんにあげようと思っていた。

これは「思考」というものではない。
むしろ「祈り」と呼ぶべきものだろう。

結局、その「祈り」は届かなかった。
俺の心の中を虚しく駆け巡り、そして消えていった。

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