2012年04月07日

グレート・ギャツビー

 フィツジェラルドとカポーティはどことなく似た印象がある。どことなく、というところを、ちょっと突っ込んでみると
・ ごく若い頃にアメリカの文学シーンに登場し、時代の寵児となった。
・ 晩年は名声が凋落した
・ 「グレート・ギャツビー」、「ティファニーに朝食を」という代表作が映画でヒットした。
・ 上記の代表作は、いずれも村上春樹が新訳を出している。
ホッパー もちろん、こういったことはごく表面的な共通点だ。裕福な美男美女が青春を謳歌し、あるいは落ちぶれた中年男が若い頃を切なく思い出すフィツジェラルドの作品世界は、カポーティのそれとはむしろ対照的とさえ云える。カポーティの追憶の対象は青春時代ではなく幼年期だし、あのホリー・ゴライトリーさえも特に美女として描かれているわけではない。
 どうでもいい共通点をもうひとつ。
 新潮文庫の「叶えられた祈り」と、角川文庫の「ベンジャミン・バトン」のカバーに使われているのは、全く同じホッパーの作品である。知ってましたか。ちょっと珍しいのではないかな。
 
 このブログを始めた当初、フィツジェラルドを取り上げる予定はなかった。ここでは、自信を持ってお薦めできる作家、作品について語るというのが自分なりの位置付けであり、ぼくにとってフィツジェラルドは、そういう作家ではなかった。短篇では「氷の宮殿」、「バビロン再訪」といった印象的なものがあるが、なんといっても「グレート・ギャツビー」に感心しなかったのである。


 初めて野崎孝訳の「ギャツビー」を読んだのはいつ頃だっただろうか。当時、カバーにはロバート・レッドフォードと、ミア・ファローが手をとりあって散歩している写真が使われていて、書名も「華麗なるギャツビー」となっていたはずだ。映画を観たのはこの本を読んだ後のことなのに、映画も小説も、ミア・ファロー演ずるところのデイジーの印象に覆われている。ぼくには、このデイジーがどうしようもなく蓮っ葉な自己中心女に思えて、全く魅力が感じられなかった。そんなデイジーに惹かれるギャツビーにも感情移入できなかった。それは、映画を観たことで、原作のイメージが壊れたということではない。もともと原作に感じていた納得のいかなさを、映画でしっかりと確認したということだったと思う。ぼくが小説で形作ったデイジーのイメージを、ミア・ファローが完璧に演じきっていたということでもある。

 その印象が変化するきっかけは、このブログを書くために「ホテル・ニューハンプシャー」を再読したことだった。
 主人公たちは、フェールゲブルートの朗読で、「ギャツビー」に出逢う。中野圭一訳による、その最後の文章。

 ギャツビーはその緑色の灯を信じ、年ごとにぼくたちの前から遠ざかっていく華やいだ陽気な未来を信じていた。あのときはぼくたちの手から逃れた、しかしそれは問題ではない―明日ぼくたちはもっと速く走り、腕をもっと遠くまで伸ばす…そしてある素晴らしい朝―
 そのようにしてぼくたちは漕ぎ進む、潮流に逆らう舟のように、たえず過去に連れ戻されながらも。


 主人公たちは、この文章を、ホテルの夢を追い続ける父親の人生に重ねるのだが、それとは別にぼくが思い出したのは、村上春樹の「蛍」の最後の二段落だった。

 蛍が消えたしまったあとでも、その光の軌跡は僕の中に長く留まっていた。目を閉じた厚い闇の中を、そのささやかな光は、まるで行き場を失った魂のように、いつまでもさまよい続けていた。
 僕は何度もそんな闇の中にそっと手を伸ばしてみた。指は何にも触れなかった。その小さな光は、いつも僕の指のほんの少し先にあった。


 なるほど、である。確かに、村上春樹は、フィツジェラルドの影響を受けている。
「蛍」も「ホテル・ニューハンプシャー」も、もちろん「ギャツビー」も、最初に読んだのは20年以上も昔のことだ。村上がフィツジェラルドへの思いを吐露した「マイ・ロスト・シティー」も然り。それなのに、いまさらこんなことに感心するなんて、どうかしている、かもしれない。

 無視を決め込んでいた村上春樹訳の「グレート・ギャツビー」を、いずれ読もうと思い始めたのはそれ以来のことだ。今回、カポーティの村上訳を読んだついでに、ついに読んでみた。

グレート・ギャツビー まいりました。お見事でした。
 再読する度に新たな魅力が味わえるのが名作の条件とも言える。しかし、最初に読んだ時には全く魅力を感じなかった小説に、二度目の読書で魅了されるという経験はめったにない。これは、ぼくが年を取ったことで小説の真価を味わえるようになったということなのか、それとも村上の翻訳の力なのか。この場合は、後者であると考えるのが正しいように思う。

 僕がまだ若く、心に傷を負いやすかったころ、父親がひとつ忠告を与えてくれた。その言葉について僕は、ことあるごとに考えをめぐらせてきた。
「誰のことを批判したくなったときには、こう考えるようにするんだよ」と父は言った。「世間のすべての人がお前のように恵まれた条件を与えられたわけではないのだと」


 野崎孝の翻訳と村上のそれとを読み比べるのは、サリンジャー以来のことになる。サリンジャーは、村上訳を読んでいる時にはその新しさに全く気がつかず、野崎訳を読み返してみて初めてそれが分かるという、ぼくにとってはかなり新鮮な体験だった。しかし、今回は、それとも全く違っていた。村上訳を開いて、この冒頭の文章を読んだ途端に、ぼくは心を掴まれたのだ。
 翻訳するにあたって最も心を砕いたのは、この冒頭と結末の部分だった、と村上は言う。どちらも息を呑むほど素晴らしい、そして定評のある名文だから。

In my younger and more vulnerable years my father gave me some advice that I’ve been turning over in my mind ever since.
“Whenever you feel like criticizing any one,” he told me, “just remember that all the people in this world haven’t had the advantages that you’ve had.”


 もちろんぼく程度の英語力では、これが名文なのかどうかは分からない。しかし、村上の日本語は流石、というほかない。
 問題のデイジーは、というと、ギャツビーのデイジーへの想いを、そしてニックのギャツビーへの想いを理解するのに邪魔にならない程度に描かれていた、とでも言おうか。もともとデイジーは幻滅されるべき女性であり、無条件に美しく描かれる必要はないのだ。それにしても、どうして野崎はデイジーやジョーダンの台詞を「あんた」とか「悲しくなっちまう」なんて姐御風な口調で訳したのだろう。野崎が翻訳した頃には、富裕層の女性の間にそんな言葉使いが流行っていた?まさか。くだけた英語だった?英文をざっと見たところ別に特殊なものではないし、村上訳では普通の女性らしい口調になっている。小説のイメージはこんなことでガラリと変わるものだ。

 ギャツビーのそんな話に耳を傾けているあいだ、そのあまりの感傷性に辟易しながらも、僕はずっと何かを思いだしかけていた。捉えがたい韻律、失われた言葉の断片。遙か昔、僕はどこかでそれを耳にしたことがあった。ひとつの台詞が口の中からかたちをとろうとして、僕の唇は聾唖者のようにしばし半開きになっていた。驚きの空気を外に吐き出すという以上の何かをそれは希求し、あえいでいた。しかし結局声にはならなかった。思いだしかけていたものは意味のつてのを失い、そのままどこかに消えてしまった。永遠に。
 
 こういった文章を読むと、フィツジェラルドに出会わなければ、全く別な小説を書いていただろう、という村上の述懐がなんとなく理解できるような気がする。おそらく、心の襞に触れる言葉の感触のようなものが似ているのだ。これは村上春樹の文章なのだから、似ているのがあたりまえ、とも言える。しかし、そういった印象は、サリンジャーやカポーティを村上訳で読んだ時には全く感じなかった。
 一方、中野圭一が訳したフィツジェラルドの文章と、村上の小説の文章に、相通ずるものを感じたのが、「ホテル・ニューハンプシャー」を再読した際の副産物だったわけだ。

Gatsby believed in the green light, the orgastic future that year by year recedes before us. It eluded us then, but that's no matter -- tomorrow we will run faster, stretch out our arms farther ... And one fine morning --
So we beat on, boats against the current, borne back ceaselessly into the past.

「ギャツビー」は、野崎、村上以外にも多くの翻訳がある。この最後の文章がどう訳されているかを比較しているブログもある。光文社古典新訳文庫の小川高義訳だけは、何か特別の意図があるのではないかと思える程の悪文だが、それ以外は、それぞれいい文章だ。しかし、やっぱり村上訳の肌触りが最もいい。

 ギャツビーは緑の灯火を信じていた。年を追うごとに我々の前からどんどん遠のいていく、陶酔に満ちた未来を。それはあのとき我々の手からすり抜けていった。でも、まだ大丈夫、明日はもっと速く走ろう、両腕をもっと先まで差し出そう、そうすればある晴れた朝に…。
 だからこそ我々は、前へ前へと進み続けるのだ。流れに立ち向かうボートのように、絶え間なく過去へと押し戻されながらも。

 
 フィツジェラルドがこれを書いたのは28歳の時だった。自分の意思で前に漕ぎ進むというよりは、後ろ髪を引かれながら前へ前へと押し流されていく年齢になってしまったぼくにとって、この文章は、懐かしくも眩しい。

 それにしても、若い頃に名声を得た作家が質の高い作品を書き続けるのは容易なことではない。カポーティやフィツジェラルドを読むとつくづくそう思う。名声から逃れて隠遁してしまったサリンジャーの名前をここに加えてもいいのかもしれないが。

youjikjp at 14:04│Comments(0)TrackBack(0)アメリカ文学 

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