2007年04月23日

英雄児

首の皮一枚繋がった観しか無い岩手競馬が苦境に立たされている。売上の前年未達は勿論だが、「構成団体が初めて真剣に取り組んだ案」とか言っていたが、正直言ってどこが?と言わざるを得ない程コスト削減部分への取り組みが甘い。
また赤字見込みで即廃止と言いながらも、現段階の計画では修正を入れなければ廃止の可能性は大きくなるのは明白。故山口瞳氏の「草競馬流浪記」の一節を借りて言うなら「すべては時の勢いである」今の段階ではこれしか言えない。

岩手競馬がこの苦境に立たされた原因は、OROパークの建設と拡大路線が失敗した為だ。その拡大路線の先頭に立ち旗を振っていたのは、当時の組合事務局長だった藤原正紀氏、組合事務局長を退いた後も東北映像やR-NACなどの役員として、悪化している財政事情の中、役員として給与や賞与まで受け取っていた事から、悪の元凶と言われファンだけでは無く厩舎関係者からも蛇蝎の如く嫌われているのは有名な話。確かにその通りで藤原氏をかばう気持ちは無いが、岩手競馬を卓越した企画を立案し盛んにしたのも藤原氏の手腕が在ってのモノ、功績と罪は分けて考えてあげたい気持ちも有る。

ふと思い出すのは幕末の越後長岡の人河井継之助、司馬遼太郎氏の短編小説「英雄児」や長編「峠」などで有名になった人物だ。7万5千石の小藩だった越後長岡藩の郡奉行や町奉行として改革を実施し数年で赤字財政を建て直し富裕な財政の基盤を確立させ、その功績で家老の門閥の家柄でないのに執政に抜擢され藩政改革を次々と実施した。有名なのは軍制改革で、従来の戦国時代以来の軍制から西洋式の歩騎砲の3教科に切り替えると共にオランダの商人から最新式の兵器の買い付けを行い(当時の日本に3門しかなかったガトリング砲2門購入を含む)北国第一の軍事集団を造りあげた。薩長を中心とする官軍以上とも言われる火力装備を背景に武装中立の方針を打ち出し、官軍と会津藩との調停を試みるも官軍側に受け容れられず、戊辰の役の中で、もっとも熾烈かつ過酷な北越戦争の中心となる長岡藩の軍事総督として継之助は官軍との交戦に入る。強大な軍備で官軍を苦しめ一進一退の攻防が続くも戦闘の最中に継之助が銃創を受け、その為戦闘の指揮が不可能になると長岡軍の士気は衰え、会津藩に敗走する途中で継之助はこの傷が元で死去する。

この北越戦争の為越後長岡藩は賊軍とされ、長岡城下を焦土の地にした為に長く河井継之助を恨む者が多く長岡に改葬された継之助の墓碑に鞭打つ者が絶えなかった。現在でも長岡に於いては継之助の人物を賞賛する声がある一方で、長岡を荒廃させた者として継之助を非難する声も多く有り評価が分かれる人物で有る。
継之助が江戸に遊学していた時代の同門の土田衡平の言葉に「河井は百年に一度出るかどうかの英雄児、しかし世帯の小さい越後長岡藩に取ってあれだけの人物が居る事は、藩に取って幸いか不幸かは、天しか判らない事だ」と言った。面白い事に同様の事を継之助が師事した備中松山藩の山田方谷も言っている。
司馬遼太郎氏の短編「英雄児」の最後は
「英雄というのは、時と置きどころを天が誤ると、天災のような害することがあるらしい。」
と云う一文で締め括られている。

元々は全国の地方競馬の中でも売上規模は少なく下から数えた方が早い岩手競馬を成長させた藤原氏の手腕が、赤字財政を建て直した継之助に重なって見えるし、評価が分かれる部分や、自ら構築したモノを最後に自らブチ壊した部分に於いても継之助と藤原氏は似ている様に感じる。
継之助が破滅した原因は自ら造った長岡軍の力量を過大評価して、大きな時代の流れや勢いを見誤った部分だろう。
では藤原氏の過ちとは何なのだろうか?やはり継之助同様に時代の流れや勢いを見誤った部分、特に当時の競馬人気を「岩手競馬の人気」思ってしまった部分が大きいと個人的に思っている。私もこの当時の地方競馬の売上増は地方競馬の人気と思っていたが。今考えると地方競馬の人気では無く中央競馬人気だった気がするのだ。中央競馬の馬券を買いたくとも買えない地区の人が代用で地方競馬をしていたが、電話投票網の整備や非開催時の競馬場での馬券販売などで地方競馬から中央競馬へ流れて行った様に感じる。藤原氏は中央競馬との連携を密にする事で岩手競馬の人気を磐石なモノへしようとしたが皮肉な事に売上を取られる結果になり、また中央競馬に模範した形で作られたと思える東北映像やR-NACも経営規律の問題の悪化を招き批判の対象となった。

バブル崩壊以降の厳しい時期でのOROパーク設立に関してストッパー役が居なかったのも、北越戦争に踏み切った河井継之助と通じる部分がある。
しかし北越戦争後崩壊した越後長岡を復興に努めた三島億二郎や小林虎三郎と云った人物が長岡には居た。
悲しいかな現状の岩手競馬組合の甘い改革計画を見る限りではその様な人物が居るとは思えない。

youkouzan1 at 20:19│Comments(6)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote

この記事へのコメント

1. Posted by mi   2007年04月23日 22:04
5 過去の歴史はともかく現在、3歳の秋にダービーGPを開催する意義があるとは到底思えないんですよね。財政が厳しい今、廃止は当然だと思うのですが。
笠松のようにすべての統一Gレース廃止は寂しい気もしますが、今年の日程を見ると去年までと何を変えて危機を乗り越えようとしているのか全く見えない感じがします。
2. Posted by うまっち   2007年04月25日 07:34
拡大するのは簡単
地道なコストカットが重要
大立者は必要ありません
3. Posted by 南関診断士   2007年04月25日 20:41
> mi さま
仰る通りだと思います。笠松と比較しても遥かに危機的状況に有る岩手、その危機感が私にはまったく見えません。
>うまっちさま
地道なコストカットではもう間に合わないのが岩手の状況では?330億の融資で借り換えを実施し、年間6億の利息の支払いを圧縮しても、2005年からの2年間に発生した赤字が黒字に転換する計算にはなりません。大立者は必要無いでしょうが、しっかりした計画を立てられる能力とそれを推し進めるリーダーシップを持った人物が必要だったはず、今それを求めるのはすでに遅い事ですが・・・
4. Posted by 藤原   2008年11月21日 23:42
あなたは一体、どのくらいの事実を知り理解してこのような事を書いているのですか?

こうした誰でも閲覧できる場で実名を挙げるというのはどういうことなんでしょうか?

岩手競馬が廃止になるという事がこの岩手においてどのくらいの事態になるか完全に理解した上でこのような事を書かれているのでしょうか?

名誉毀損です。
5. Posted by 藤原   2009年10月21日 18:27
いつになればご回答を頂けるのでしょうか?
web上でのご回答をお待ちしております。
6. Posted by 南関診断士   2009年10月21日 23:03
質問の内容が具体的ではないので回答は不可能です。
>名誉毀損です。
と云う部分に於いても私の書いた事のどの部分が該当するのか具体的に挙げてください

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