2009年05月17日

お疲れ様でした

矢作和人調教師会会長、高岩隆師、高柳恒男師の3名が今月末で勇退との事。どんどん競馬場の調教師の先生の方も入れ替わり昔から馴染み深い方々が競馬場から去っていくねぇ・・・

中央競馬の矢作芳人師は和人師の実子、大井の荒井隆師は甥にあたる矢作和人師は元々はトサミドリを管理していた事で有名な国営の望月与一郎師に入門し、その後実姉の夫で大井で開業していた荒井貢師の下に来て大井で乗り役をしていたとの事だが、当然私の年齢からは乗り役として現役だった時代を知る訳もない。やはり私としては調教師としてのイメージしかないなぁ・・・
重賞勝ちのほとんどが青雲賞だが、矢作師と云えばやはり冠号ダイワの馬が印象に残るねぇ、最近でこそ中央競馬の大きいトコを勝っているダイワの馬だが大井・矢作厩舎・ヤネ秋吉でインに入ってドッカン穴馬券って方がしっくりと来るねぇ。羽田2着のダイワミズリーなんかよりもダイヤモンドレディーでマンシュウを出したダイワノーザンだの準オープンで活躍したダイワギャバンだのが記憶に残るねぇ。

高岩師は私は乗り役としての時代の最後の方を見ているなぁ・・・大井森田一門の朝倉文四郎、荒山徳一、小筆昌らと共に森田四天王と呼ばれ、宇都宮在住で有った師匠の森田正一師に代わり現役時代から攻め馬関係を取り仕切っていただけに調教師に転進してからも名伯楽として名を馳せた高岩師、サラではダイコウガルダン、アラブではトチノミネフジの名前が管理していた代表馬として即座に思い出せるトコ。
それ以外にも荒尾出身の小柄な馬体が印象的なオサイチテユーダや見事なマクリ一発で王冠賞を勝ったチヨウヨウエース、アラブダービーの追い込み鮮やかなカツラギセンプーだの懐かしい名前も多いトコ。
ダイコウガルダン、トチノミネフジと云えば主戦で有り愛弟子だった早田秀治の名前も即座に出てくる、一時期は早田の生活態度を巡りケンカ別れし、完全に袂を分かつ状態になっていたが、晩年は再び早田が高岩師の厩舎に所属し、その仲も修復されたのは微笑ましかったねぇ・・・

高柳師は同じ高崎出身の小林元治師を追って大井に来た方で、赤間騎手会長の前の騎手会長(確か竹山騎手会長のあとだったはず・・・・)を務めていた。確か私が競馬を始めた頃、当時異常なほど厳しかった裁決に引っかかり小暮厩舎の藤田安弘騎手と高柳騎手は騎手免許を取り上げられたと記憶しているが、一年ほどしてから騎手免許を再交付され以前にも負けないほど気合を入れて騎乗していたなぁ。
このブログでもお馴染みメルボルン二世氏のメルマガで読んだと思うが、高柳師が引退して間もない頃、同じ小林分厩で開業していた松浦備師と併せ馬で調教を行うと、さすが現役時代名手として鳴らした2人だけあって、実戦さながらのモノ凄い時計の調教になってしまい当初の予定が狂ってしまう事が多々有ったとの事。
調教師としては地方競馬のスプリント路線が確立しておらず、少々時代が早すぎた観が有ったと思える、フジノウェーブ以前に居た真のスプリンターだったカガヤキローマンを管理していた事で有名。

今回勇退される方々は調教師としてだけでなく騎手としても馬券でお世話になった事が多い方々で、正直競馬場から去る事は寂しいが、今まで長く南関競馬を支えてくれた方達なので本当にお疲れ様でしたと言いたいです。

youkouzan1 at 21:04│Comments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote

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