2008年07月13日

ブログ、お引越ししました!

というわけで、新しいブログを作りましたので、これからはそちらへお願いします。

http://ameblo.jp/yoursatoko/

ためしに書いてみたけど、早い!!!

これからはもっと書けたらいいな〜

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2008年07月10日

ブログ変えたい

このlivedoorのブログ、更新しても反映されるのが遅いのはなぜ??

コメントも、すぐには載らないし…。

もうやだ!ブログ変えます。時間あるときに落ち着いて変えます。

やっぱり一番はamebloとかなんかな?そこら辺詳しい人、教えていただきたいです。

livedoorのブログのサインイン画面変わってた。今日は何の日?みたいな雑学が上にちょこっと載ってたけど、そんなことどーでもいいから反映早くしてくれって感じでした。

ちなみに今日は納豆の日らしいです。
(でもモザンはまだ7月9日です)

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2008年07月04日

男性性器切除とHIV

ルワンダは、兵士に対して男性性器切除を積極的に行い、人々にロールモデルとして示していくらしい。

http://www.plusnews.org/Report.aspx?ReportId=79085

男性性器切除をするとHIV感染が60%防げるらしいのですが、私の友達は男性性器切除を昔して、包皮がないにも関わらず、たった一回の性行為(しかもコンドームが破れたことにより)で感染しました。

男性性器切除はHIV感染率を低くすると検証されたみたいだけど、本当なんでしょうか?私はこの友達がいるので、この考え方はあんまり信用してないです。

ルワンダでまずは兵士に対して、次は学生に対して、そして最終的には全国民に対して男性性器切除を推奨していくみたいだけど、男性性器切除=HIV感染予防と考えられてしまっては、私の友達のような悲劇が生まれるのではないかと思うのです。

もし、モザンビーク人に同じことをしたら、楽観的な彼らは「性器切除したからコンドームつけなくてもOK!」ってなりそうです。



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2008年06月08日

かっこいい大人になろう

あんなー

人のことどうこう言うのは勝手やけどな

一回あんたの心臓割って見て色見てみたら?どす黒やで。

まじ醜い。

と思う大人たちばかりです。

こんな大人には絶対なりたくないと、反面教師に感謝の心が生まれてくるほど。

怒り通り越して呆れ。

自分のことは棚に上げる。そして人を馬鹿にして優越感に浸る大人達。

こういう大人たちを今見れる私は、非常に幸せなんやと思う。

だってこんな汚い人間そうそうおらんでビックリ。


ここには「国際人」と呼べる人は一握り。

それに比べて私の周りは本当に尊敬できる人ばかりで、恵まれてる環境に更に感謝するのでした。

「愚痴は福運を消す」

まぁ大人が言ってるのは、ただの嫉妬やけど。

嫉妬に狂った畜生達。

哀れとしか言い様がないわー。

言いたいことは尽きないけど、ここらへんで。

でーんと構えて人のこと気にせず、自分の信念を貫く人こそ大人だと思うので。


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2008年06月01日

モザン人の権利

最近見つけた面白いモザンニュース。

「多くのモザンビーク人は彼らの権利を認識していない」
(Most Mozambicans unaware of their rights)

という見出しの記事。

昨年、モザンの法律について全国で調査が行われて、どのくらいの人が彼らの権利を認識しているのか、どのような法律があるのかという結果が出てた。

すごく面白い点は、メディア、政府機関が集中している首都の人々は、「あなたはこの国の法律について知っていますか?」という質問に対して、「知っている」と答えた人はたった36.9%。

なのに、モザンビークは長い国で、北の方の、行政やメディアから一番遠い州でこの質問に対して「知っている」と答えた人は、なんと95.8%もいる。

いやいや、おかしいでしょ。情報が一番来ない地域が、何で首都よりも高くなっちゃうの?

この結果は、田舎に行けば行くほどまだまだ人々は保守的で、「政治的に正しい答え」しか言わない。質問者が「ほしい」と思う答えしか言わない。

絶対に北の人の方が、首都の人に対して教育や医療といった面で権利をうまく利用できていないはずだし、こんな大勢の人が知ってるなんておかしい。

ちなみにこの北の州は、2000年にひどい人権侵害を招く事件が起こって、86人が殺されてる。彼らはそれを忘れてしまったのか。と記事は問いかけています。

法律をよく知らない人は、最低賃金を定めた法律があるにも関わらず、最低賃金以下で外国人に雇われ、文句も言わずに働く。

仮に法律違反だと気付いても、お金がないから裁判まで持っていけない。

この記事を読んで、こういう状態も貧困を招いてるんだろうなと感じました。

包括的なアプローチは言うけれど、法律を人々に浸透させるということも大事なんだと思った。

かと言って、正直私もあんまり日本の法律わかってない…。かと言って、小六法とか読むきになれません(笑)


yoursatoko at 04:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 思うこと 

2008年05月20日

久しぶりのモザン

木曜から体調を壊していましたが、周りの方に助けられ、日曜日はすっかり元気になりました。

そこで、植物で照明ランプを作るという、面白い作品を作っている人の作品を見に行くことに。(写真がなくて残念…)

私の友達がたまたま道でそのランプを売っている彼にでくわし、興味を持った友達は彼の家まで案内してもらったのがきっかけ。家にはたくさんの作品があることは聞いていたが、せっかくなので日曜日にみんなで見に行くことに。

もともと行く予定は私にはなかったけど、せっかく元気になったし、外の空気も吸いたいということで便乗。

マプト市内を離れ、どんどん郊外へ。
マプトのビル群からは想像もできないほど、青々とした畑が広がり始める。

でこぼこの舗装されていない道を20分ほど走って、そのランプを作っている彼の家に到着。



久しぶりの、このThe Mozambiqueっていう感覚。

昔いた、シモイオでは普通の風景だったけど、マプト生活に慣れて、こういうところに来ると何かわくわくする。
シモイオの風景にすごい似てた。

ビル群、村、草原、全てがモザンビークなんだけど、私にとってはシモイオの風景が一番モザンビークらしい。

子供達が集まってくる。カメラを向けると喜ぶ。
赤ちゃんもわけもわからず笑って踊ってる。
みんな裸足。みんな服ボッロボロ。

マプト州のこういう少し貧困の地区には、水も豊富にありました。
電気もありました。

北の方はまだまだなのに。やっぱり首都がある州は違うなぁ。。。


友達は必死にランプの買い手を探す。彼に収入が少しでも入るように。

本当に素敵な照明。日本だときっと、1万はくだらないでしょう。


若干30分ほどの滞在でしたが、まじで楽しかった。
すっかり子供達に元気にさせていただきました。

それにしてもやっぱカメラは持ち歩かないとな。

yoursatoko at 03:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0) デキゴト 

2008年05月11日

次の場所

そろそろ、次の場所を考え始めています。

まだここでの仕事は1年以上もあるけど、2年目から考え出すのでは遅いと思い、7月3日までに次の目標を決める!と決意。キリいいしね

4月中、あんまり追い詰められた仕事がなかったため、こっそり情報収集を行ったりして着々と準備を…。進められてるのかな!?とりあえず気持ちだけでも。


日本企業で働いてみたいとか、日本にいたいとか、南アに住みたいとか、いろいろ思うところはあるけど、もうここまで来たらやっぱりそっち系(?)でやっていくしかないという諦めというか覚悟というか、いや、覚悟を決めつつあります。


大学院進学を大学学部中に考え、でも結局協力隊。
協力隊中、大学院進学を考え、でも結局今の仕事。でもそろそろやっぱりマスター取りたいって思います。

保健の分野で少し経験を積ませてもらって、やっぱり私、この分野のことを深めて行きたいと思って公衆衛生を勉強したいなと思う。

すでにマスターを取っている先輩にメールをしてみたり、行きたい大学院の人のブログを読んでみたり。
大学の恩師に一番に相談したいけど、先生にメールを気軽に打てない私…。やっぱりある程度気持ちが固まって「どう思われますか?」と言わないとメーワクになりそうで。
学生時代は、先生のオフィスに「先生ー!」って泣き付いて行ってたけど、今はそうともいかない。協力隊受験を迷ったときに、背中を押してくれたのも恩師だった。

恩師って本当にありがたい。先生に会ってなかったら、今の私はない。
恩返しのためにも、やっぱり覚悟を決めました。もちろん心からやりたい!って思います。

4月はJohns Hopkins Univ.にすごい魅かれていたのですが、ちょっと考えが変わって、アジ研の開発スクールに興味が湧いてきてます。そっち系全体のことを学べるし、日本だし、学費安いし、2年目からは海外の院に行ける制度もあるので、とても魅力的。少数精鋭ってところも素敵。
卒業生はあらゆる分野で活躍しているようで、もちろんそこに行けばそいういところで活躍できるとは限らないけど、やっぱりそういう環境で勉強するのはすごく大切なことだと思う。

協力隊の同期が帰国して、ちらほら大学院に通ってる。その子らの話を聞いてると勉強したくなってくる…。やっぱり協力隊の2年の経験がベースにあって、その上勉強するってのはすごくおもしろいんだろうな。

みんなが共通して言うのは
「学部時代につまらんと思ってた授業が、今はとてもおもしろい!」

まだまだどうなるかわからないけど、とりあえず目標の7月3日目指して、腹決めます。







yoursatoko at 18:22|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 思うこと 

2008年04月24日

果てしないニーズ

モザンビークのアーティストが、環境をテーマに歌を歌い、賞(何の賞か詳しく忘れちゃったんですけど)をもらった。

ESTAMOS(日本語で何て言えばいいかうまく伝わらないけど、「私達」のBe動詞みたいな意味)っていうNGOでも活動しているそのアーティスト。タンザニアにほど近い、ニアサ州というところで、公衆衛生教育を行っている。

彼らの活動は、EcoSanという、人糞を肥料にするトイレを広めること。

ニアサ州ではかなりの効果をあげているみたい。
この肥料は土の成分をよくする働きもするようで、植物や果物など、従来の方法より早く育つらしい。

これを見て、
「あーやっぱり人間って、虫・動物って、地球って、宇宙ってサイクルしてるんだな」
って思った。ニュアンス伝わるでしょうか?


最近、原油価格高騰やら食糧価格高騰やら、世界的に本当に悲惨な状況。
環境汚染も半端ないって。先進国が出す煙やらで、一番真っ先に被害を受けてるのは途上国です。

ジンバブエの大統領選、チベットと中国、アメリカとイラク。
何か、21世紀に入って平和になると思ってた世界が、どんどん暗くなってきてるんじゃないかって。

そんな中、こうやって自らの排泄物で果物や野菜を育てて食べる。っていうかなり原始的な方法を見て、すごい感動しました。

てか、うちら「原点」見直すべきじゃない?って思う。

車乗ってる私が偉そうなこと言えた立場じゃないけど。


昨日、久しぶりに協力隊時代の教え子と会話した。

彼女は国立の看護学校の助産士コースを経て、今は田舎の診療所勤務。

めっちゃ愚痴ってた。診療所は彼女を入れて3人。もちろん医者なんていない。彼女の家もちゃんと与えられてなくて、その同僚3人(2人とも男性)と住んでる。

携帯の電波も入らない地域。彼女の実家、彼氏がいる地域はそこから約2000キロくらい先。

給料は月100ドル。

どうやってモチベーションあげろって言うんだろう。

このモチベの低下が医療サービスの低下につながり、地元住民の健康は一向に改善されないよね。

てか、医者いないし。


どうすればいいんだー!モザンビーク。って叫びたくなるほど、まだまだまだまだまだまだまだまだ、やるべきこといっぱいです。


yoursatoko at 04:37|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 思うこと 

2008年04月14日

たまにやってくる

わけのわからない落ち込み。

なーんにもやりたくなくなって、いろいろ考え出して、ドつぼにはまる。出口のない螺旋をぐるぐる。

「一喜一憂」するときに、こういうことが起こる。

これは魔だ!!!って言い聞かせて、ちょっとはラクになるけどまた考え出す。


そういうときは・・・

徹底的にぼーっとすること。


しかし、時は無情に流れゆく。

将来に向けて、動き出さなければいけないのに、できてない!!!もうこっちきて3ヶ月たっちまう。やべぇまじで。

そして一喜一憂が来ると、将来考え直してしまう。
こうしよう!って決意した未来が、ちょっと歪んで見えてくる。

落ち着きたい自分とやりたいことを貫きたい自分。

どっちをとりゃーいいのかなー。って。

よし、今日はもう寝る。


yoursatoko at 04:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0) デキゴト 

2008年02月29日

まだまだ新米

今日はお仕事で若干失敗してしまいました

注意を受けて、これからは気をつけようと思いました。

まだまだです!まだ4週間だしね。ほんと、日々勉強。でも楽しい


今日は外周りでNGOを2件回った。(またLEXUSに乗れた

2件目のNGOの相手はヨーロッパ人。メールで今までコミュニケーション取ってたけど、会うのは初。

確かにメールでは英語だったけど、彼はあんまりポルトガル語が話せないらしくミーティングも英語…。まじ焦った

いきなり英語なんてでてきませんよ。ほんとに忘れてる。
ポルトガル語の方が全然ラクという自分に気付いて、何か不思議な感じ。

あんなに英語やってきたのに・・・
高校時代はノバ行って、留学もして、大学も英語の授業受けて、でも・・・全然すらすら出てこない!!!

そして、まだまだ自分にはネゴシエーションスキルがないということを痛感。

もっともっと、これから学ばないと!と思わされた一日だった。

でも、目標ができて、すごく嬉しくなった一日でもありました


このブログ、なぜかアップデートされるのが遅い。。。デザインも変えたのに変わらない〜

yoursatoko at 03:11|PermalinkComments(3)TrackBack(0)

2008年02月25日

意識しないと情報なんて入ってこない

モザンビーク帰ってきて、仕事初めて約3週間が経ちました。
久々のブログ更新☆ほほほ、ほんと不精ですね。

てのも、mixiもあって、どういうスタンスで2つのブログを進めていこうかといまだに考えていまして、そして結局結論が出ないまま、今タイプしてるわけですけども。

まーいっか。

ってことで。

それにしても、日本での時間よりもこっちでの時間の方がはるかに流れが速いです。たぶんそれは平日仕事をしているからだと思うけど、もう日曜の夜!?ってなるし、木曜になると、もう明日金曜!?ってなります。

それはいいことであって、本当に充実してる証拠なのかも。
それと共にストレスも溜まって行ってて、どうやって解消したらいいものか?はて?って感じ。

飲むだけではストレス解消にはならないことにはだーいぶ前から気が付いてた。でも飲むことがやっぱりストレス解消と言い聞かせて飲んでた。でも飲みすぎると逆に疲れちゃって、それがまた疲労となってしまうことも。

考えないとね。


それはそうと、仕事上、いろんなニュースを読まないとと思いながら毎日いろんなニュースを見たり読んだりしてるわけですが、学生時代とか、日経新聞とか、一応経済学部だしって言って取ってたけど、開かないことがほとんどで…
未だに経済のことはちんぷんかんぷん。

そして協力隊時代も、ネットはたまにしか見れず、新聞なんてあんまりなく、情報なんてほとんど入ってこなかった。

そして今、やむ終えず情報をたくさん入れてるし、情報も向こうからやってくるわけです。

家でもなるべくニュースを見るようにして、世界情勢などをもっとしらないとと思って。

そうすると今まで新聞なんてめんどくさいと思っていたのが、情報をインプットするのが楽しくなってきました。これは私にとってかなりの進歩かも知れない。

経済とかって、基本がわからないとわからなくて、中東問題とかも、もうずーっとの問題で基本がわからないと今何が起こってるのかわからない。でも、こうやって毎日ニュース見ていく中で、次の動きがすごく気になってきたりする。

たとえば米国大統領選挙とかも、すごい物語を描いてるし。


モザンビークでもいろんな事件やら出来事が毎日起こってる。でもやっぱネット上ではあんまりそういうのは載ってない。だから新聞しかないんだけど、興味深い出来事もたくさんあるなーって、2年間、現地の人々の生活は見てきたけど、私にはこれがかけてると思った。モザンビークと他国との関係やら、モザンビークの企業のことやら。

今、この仕事して、これからどこに向かうか全然考えれてないんですけど、国際協力方面に行くとか、ほんとにわからないし、ここに1年しかいないかもしれないし。でも、すごく毎日勉強になってるなって思う。

だから毎日早く過ぎてくのかな。

とりあえず、毎日無駄に過ごしたくないね。一喜一憂したりして、崩したくない。
充実した生活を心がけます。




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2008年01月14日

帰国して1ヶ月ちょい、新年明けて2週間。

お久しぶりです。ブログ更新します。

11月27日に日本に帰国してから、早1ヶ月とちょっとが経ちました。
帰国してしばらくは遊びほうけてたけど、次またモザンビークへ行くためのビザの取得やら、郵送する荷物やら買い物やらをしていてたらあっという間にもう再出国まで約2週間・・・

日本、すっごい楽しい
でもモザンビークも楽しみ

どこでも、どんな時でも楽しく過ごせる人生でありたい。

とりあえず国際協力はもう嫌だって思ってた、隊員時代。そしてまたモザンビークに戻るわけですが、とりあえず1年間はやってみようと思う。いろいろ感じること、矛盾すること、たくさん見えてくると思うけど、矛盾なんてどこの世界にも存在するし、矛盾や不正義に負けていたくはないと思う。

この1年でまた大成長したいな。

今年の目標は「誠実な行動」でいきたい。

20代の今、後数年が勝負になると思うし、全部やり切っていきたい。

これからが少し不安で落ち着かないけど、今年は去年たくさん辛い思いをした分、何者も恐れずに頑張っていける気がします。


2008年もよろしくお願いします





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2007年11月11日

今日、とっても尊敬してる、とっても強い女性が泣いているのを見ました。

やってきたことが報われない時、頑張ってるのに誰も動いてくれない時。今はそんな時だけど、絶対に春は来る!私にはそう言ってあげることしかできなかった。。。

私にできることをしようと決意。彼女が本当に今までやってきてよかったと思えるまで、私はこの国で側にいたい、何かできることがあればやりたいと思いました。

頑張るぞ!



yoursatoko at 23:54|PermalinkComments(5)TrackBack(0) デキゴト 

2007年10月19日

2年間の財産

もうすぐ長いようで短かった2年が終わる。

ここに来て後悔は一切なかった。本当にモザンビーク大好きだなーって思う。まーどこに行っても、好きになるんだけど。モザンビーク人って嘘すぐにつくし、見栄っ張りだし、噂好きでむかつくこともすごい多いけど、やっぱり憎めない人たち。来年からまた2年間、この国にいれることにすごくウキウキしてる。

この2年間、何ができたかわからないけど、とにかくいっぱい学んだ。特に、「エイズ」ということに関して、本当に多くのことを学んだ。協力するために来てるのに申し訳ないけど、いっぱい吸収したし、壁打ち破ったと思う。

今日は最後の授業だった。最後の授業は、前に一度講演を依頼したHIV陽性者の方にお願いした。前の講義では、一切彼女は陽性者だってことを明かさずに話してた。今回も明かさないのだろうと思いながら、彼女の横で、生徒に話をする彼女を見ていた。

彼女は突然、病気がちになって検査を受けたらポジティブだったと話始めた。生徒はしずかぁーに聞いていた。

彼女は鞄の中から薬のビンを取り出した。1粒とって、生徒に見せてくれた。それから、彼女はその薬をみんなの前で飲んだ。その薬はARV。HIV陽性者が飲む、免疫をコントロールする薬。


彼女が働くのはHIV陽性者のための地元NGO。そこにもボランティアが一人入っていて、そのボランティアの彼はウガンダ人。彼女は私が最も尊敬するモザンビーク人の一人だけど、その彼も、私が最も尊敬するウガンダ人の一人。

彼は本当にいつも情熱にあふれてる。ネットカフェで会うと、私がメールとか見てる横で必死にHIV関連のサイトやニュースを見てる。本当に常に新しい情報を持ってる。彼と話していると本当に楽しい。新しい情報をいつもくれる。

そんな彼と、あるワークショップのファシリテーターをすることがあった。ファシリテーターは私と彼だけ。休憩時間は専らおしゃべりしてた。そんな中で、私は彼に質問した。「何でそんなにあなたはいつもエネルギッシュなの?何でHIVのことをやろうと思ったの?」彼のルーツがすごく気になった。

「僕のお母さんはHIVで死んだんだよ」

彼はワークショップの中で若者に訴えてた。「僕の夢は、いつかHIVがこの世からなくなること。薬が発明されることです。その日まで私は戦います」

本当に感動した。泣きそうだった。


最後の授業で、彼女は「テストを受けることを怖がらないで。ポジティブだったとしても人生の終わりじゃない。ポジティブに生きていこう。私がネガティブに生きているように見える?」

全然見えない。本当に彼女は人生を楽しんでる。薬さえ飲んでいれば、長生きできる慢性的病気、それがHIVなんだから。


この2年間、私の友達が検査を受けてポジティブだと知った。その時、自分の中にある差別と偏見に向き合わされた。
大学時代、アフリカのことを勉強して、HIVのことを勉強しようと決めて、いろいろ勉強してきた。NGOの活動にも参加して、いろんな経験を積んできた。でも、この差別と向き合った時期ほど、自分を情けないと思ったことはない。今までやってきたことって、結局上辺だけだったんだって実感した。友達が私に打ち明けてくれてから受け入れることができるようになるまで、約半年を要した。本当に辛かったけど、でも乗り越えることができて、自分の中にある偏見がなくなった、とまでは言い切れないけど、ほぼ無くなったことにすごく感謝してる。そして、友達と一緒に生きていこうと決意した。

私は3ヶ月ごとにHIV検査に行ってる。毎回ネガティブがでるけど、ある日ポンっとポジティブが出ても、たぶんそこまで凹むことはないと思う。この2年間、この恐怖の壁を打開できたことが何よりの財産。もしこれからも、この畑で続けていくなら、絶対に必須の財産だったと思う。陽性者の彼女と、ウガンダ人の彼と、友達に本当に感謝してる。

人の心を変えるのは難しい。HIVと騒がれてから、アフリカに一体どれだけのお金が費やされてきた?2015年までに新規感染者を減らすとあるけど、毎年感染率は上がる一方。HIV対策に成功している国はほんの少し。「検査に行こう」とは言うけど、一体この言葉でどれだけの人が検査に行った?

私は2年かかった。自分の恐怖を取り除くのに。私が今までやってきた活動って、あんまりていうか、全然意味なかったのかもって思うほど、彼女の話は迫力があって、現実的。当たり前だけど。だから私がやった一番の活動って、生徒たちと彼女を会わせることだったのかもしれない。そりゃそうやんな、HIV怖いって思ってるファシリテーターが「検査に行こう」なんて言ってるんだから。

これからどうしようかな。あと2年、エイズとは全然違う畑で働く。でもその後はやっぱりまたエイズのことやりたいなって思う。この2年間の経験を生かしていきたい。2年後は大学院で公衆衛生を勉強しようと思ってた。でも、それを勉強して、私は人の役に立てるのだろうか?彼らの心を変えていけるのだろうか?一体どうすれば、終わるんだろう、この人の心に巣食う恐怖と差別は。


yoursatoko at 18:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 思うこと 

2007年08月29日

このごろ。

久しぶりの日記。

最近は帰国間近で、何かと忙しい。
帰国の手続きも何かとめんどくさい。いらないもの整理して、同僚に上げたりしてます。次の進路もいろいろあって、何だか毎日目まぐるしい。

もう3ヶ月切りましたよ、モザンビーク、シモイオ市での生活も。最近は職場でいろいろ帰国のことを話したりして、ちょっとセンチメンタルになったりしてる。帰国の時、大泣きしてしまうかもしれない。同僚達、仕事は適当なとこあるけど、やっぱりみんないい人たち。恋しくなると思う。やっぱモザンビーク、いいところです。

帰国間際だけど、任国外旅行一回も行ってない!ってことで、7日くらいマラウィに行ってきました!旅のテーマは「The 協力隊」。
モザン国境から陸路で入って、一歩入るともうポルトガル語が通じない。全部現地語のチェワ語。同期のみんなはチェワ語ペラペラ!

マラウィ、ほんまに楽しかったけど、何がよかったって、マラウィ大好きな同期のみんなに会えたことかな。もうテーマの通り、ほんとにイメージどおりの協力隊生活をしてた。星を見ながらドラム缶風呂とか、絶対経験できないよ。ワークショップも、マラウィ同期の栄養士隊員の任地でやらせていただきました。あと、世界遺産のマラウィ湖はほんまにいいです。新婚旅行に是非、マラウィお勧めします。

ほんまにみんなマラウィを愛してる感じ。

そのままマラウィの同期隊員、5月に一回モザンに来たパタケさんがまたモザンに来ました。陸路でそのままモザンIN。
シモイオからバスで6時間くらいのところにあるヴィランクーロという海がある小さな町へ、パタケとシモイオ同年代2人とペンバのイケてる隊員と5人で行ってきた。やっぱりめちゃめちゃ綺麗。島へ船で1時間かけていったり、自転車で浜辺を走ったり。


でもやっぱりシモイオが一番!残りの一日一日、大切に過ごそう。帰りたくない気持ちも強い。というか、日本に帰るの怖い。いろんなことが変わってるんやろうなぁ。最近やたら結婚の話やら報告が多いよ。。。何か焦り。。。



yoursatoko at 18:18|PermalinkComments(0)TrackBack(0) デキゴト 

2007年05月23日

後半年5

後半年、気合い入れていきます!!!

ブログ、だーぁいぶ更新してませんでした。ごめんなさい

4月の後半から、ちょっと病的になって、首都マプトでずーっと療養してました

その間、いろんなことがあって、本当に疲れた。

活動のこと。エイズという問題のこと。病気のこと。恋愛のこと。
もういやというほど考えた。しんどかった。

目的を見失ったり、自暴自棄になったり、遊びまくってみたり。

でも今日なんか、悟り開いた。

人生、全てのことには意味がある。だから苦難も楽しいことも、全部ひっくるめて楽しんでいける自分になりたい。

去年の7月くらいに、つらい思いをしたときにも感じたことを、また改めて思い知らされた。


強い人が幸福な人。



帰国まであと半年。
4月から休んでたぶん、取り返すのは半端なくしんどいことかもしれない。
帰国しても、いろんな人とあわなきゃいけないし、しんどいかもしれない。
恋愛もしんどい。

でも、やっぱり苦難を楽しみながら後半年、やっていきたい。

そして日本に帰る時は、キラッキラな自分でみんなに会いたいと思います。

後、半年、見守ってやってください。



yoursatoko at 06:58|PermalinkComments(4)TrackBack(0) 思うこと 

2007年03月30日

人材育成って大事

お久しぶりです。またまた更新が滞ってました。

いろいろブログに書きたいネタはたくさん見つかってるけど、なかなかパソコンに向かっても書けない日々が続いてる。てかただのめんどくさがりなんですけど…。

最近すごく痛感すること、人材育成の大切さ。昔から人材育成ってすごい大事って思ってたけど、本当に痛感することがあった。

最近同僚が大学に合格した。看護士科コースの先生なんやけど、上級の看護学校に合格した。ここの看護学校のシステムは、初級・中級・上級ってあって、それぞれコースが違う。ちなみにうちの看護学校は初級クラス。高校を卒業して、みんな看護学校の試験を受けて合格したら看護士になるために学校に通う。ただ初級は1年半、中級は2年半(だったかな?)、そして上級は4年(だったかな?)とレベルによって期間が違う。もちろんコース卒業した後のお給料も違う。
そして別に初級から始めなくてもいい。高校卒業していきなり中級のコース受けてる人もたくさんいる。ただ試験は難しいと思うけど。すべて政府、国営なので、卒業さえすればどこかで必ず働ける。希望なんてとても聞いてもらえないから、どこに飛ばされるかはわからないけど。

例えば初級コースを終えた人が少し働いて、それから中級コースを受けるためにもう一回学校に入ることも可能なわけです。上級コースを終えたらそれは大学卒業したのと同じとみなされるので、上級コースの学校は大学と言われています。医療専門の大学みたいな感じ。その上級のコースは首都のマプトにしかありません。

少し戻って、その知り合いが上級に合格しました。彼は中級コースから始めて、その後うちの看護学校で先生として5年間働いていました。5年の間に看護学校の先生としての技術を高めるコースにも1年半参加してた。
頭のすごいいい人で、今回の上級の試験でも多くの受験者がいたなか見事突破。全然勉強する暇なかったのに。そして念願の大学合格して、うきうきしてた。

が!ここの政府というか、お役人というか…本当に嫉妬が多い。州保健局は彼を行かせないように行かせないように仕組んでた。入学に必要な書類を引き出しの中にしまっちゃったり、彼に渡さなかったり。入学の手続きにはついに間に合わなかった。それでも彼はあきらめず、毎日州保健局に通ってどうしてもいけるように頑張った。そうやって合格しても行けないように仕組まれてあきらめてきた人は本当に数知れず。でも彼はあきらめなかった。あらゆる書類にサインさせて、ついに入学に必要な書類を全部そろえた。その時すでに、合格から約2ヶ月経っていて、もう上級コースの授業も始まっていた。

書類を揃えた次の日に早速荷物をまとめて首都に向かった。もう希望満々で。

が!大学について話を聞いてみると、「来ていいと言った覚えはない。どこかで情報が行き違った」といわれてしまった。また「もうコースは人でいっぱいだし、授業始まって1ヶ月も経っている」とも言われた。でもたしかに州保健局は「大学の方は来ていいと言っている」と言ってた。一体どうなってるの??そこで彼はあきらめて、もとの看護学校まで帰ってきて、今は看護学校で仕事を続けてる。

後で話を聞いてみると、今回上級コースに入学するための試験は全国で行われたにも関わらず、入れた人は首都の人だけ。もちろん地方でもたくさんの人が受かってた。一人は合格して出発しようと飛行場まで行って、搭乗の時に「もういっぱいだから来るな」と言われたとか。つまり、地方組みは高い受験料だけ払わされたわけです。

受験前から今まで、ずーっとこの動きを見ていた私は怒り狂いましたね。彼は「また来年受ける」と言ってあきらめてなくて、別に悲しくもないと言ってるけど、私はもう心の中ではモザンビーク政府への怒りしかありませんでした。誰のせいでもないと言うけど、じゃあ一体政府は何がしたいの?発展に向けて頑張りたいんじゃないの?一体人を育成しないで何ができるの?金さえあればいいのか?こんなに多くの国が支援してるのに、全く意味ないじゃーん!!!!

まじでゲブーザ(モザン大統領)に手紙書こうかと思ったくらい。

今までそんなに深くないにしろいろいろ開発とか勉強してきて、そしてアフリカのこと見てきて、すごい痛感。特にこの国に来て。人材育成が全ての鍵なんだろうなぁって思う。学ぼうとしてる人たちをそうやって政府は押し殺してる。すごーーーくもったいないことです。ここで全てがきちんと動いていたら、もっと多くの人が幸せになれてるんじゃないかな?

この私の同僚は本当に切れる人で、生徒からも人からも尊敬されている人で、この人がもっといろいろ学んでいったらもっともっとよくなると思うのに。ほーんとうにもーーーったいないです。

でも一日本人、一外人としてどうしていいかわかりません。思いっきりどっかで叫んでやりたいけど、どうしたらいいんでしょうか。と悶々と考えている日々です。



yoursatoko at 20:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2007年02月19日

活動の様子

旅行、休暇が終わって、仕事が始まってから怠けて更新していませんでした。

協力隊でよく言われるけど、とにかく1年目は観察して、状況をつかむ、と。去年は要請内容が全然違って、どうすればいいのかわからないところから自分で見つけて、観察して、学んで、考えて、研修も受けて、十分蓄えた。今年はそれをrealizeしないといけません。プランを作成して、ユースグループと共有したら、問題だと認識している部分ややりたいがほぼ一致した。しっかりお互い理解できているのかなと、手ごたえありだった。

そして始まった今年。やっぱりそんな初めから改善なんて見られるわけはないけど、意識は去年より確実に高くなってきてる。メンバーは学校へ通っているため、時間がないので毎週土曜日の朝に全ユースグループ会してのミーティングを今年から決行。もちろん私も行かないといけません。平日、休日と働くのは体力的にも精神的にもきついけど、今ここで手を休めたら水の泡。私が帰るまでにこのミーティングを定着させていきたいし、帰っても続いてほしい。

うちの職場は看護学校ですが、看護学生もすごく性病が多い。看護に携わる側の人たちがこんなに性病にかかってるんだから、いったい普通の若者はどうなるんだろう…。看護学生の中にもHIV陽性者はいる。本当に数人だけど、それでも検査を受けた人だけわかってるから。この状況から、今年からHIVの授業を持つことになった。全8コースにやっていくんだけど、それプラス、ユースの活動って考えただけでも頭が痛い…。でもやることがあって充実していると思う。ただ、休憩も必要だな…。

それにしても一般の人にHIVのことや性病のことを言っていく立場にある人間に、こんなに性病が多いとは。ショックだった。何か、一体みんなどんな性生活してるんだろうか。勉強しろ勉強って感じなんだけど。学校の警備員と寝たとかいう女生徒、学校に通いながら妊娠してる女生徒。今まですごいお金かけて行われてきた対策の効果は・・・?

yoursatoko at 18:41|PermalinkComments(4)TrackBack(0)

2007年01月19日

2000キロ縦断一人旅

a69cb9c4.JPG迷ったあげく決行した一人旅。目的地はマシシ、シャイシャイ、イニャンバネ。朝の3時半にシモイオ(私の任地)を出てまずはマシシへ!

各地では隊員さんの家にお世話になりました。まじいたれりつくせりの歓迎で嬉しかった☆まだ会ったことのないマシシの隊員さんでしたが、本当によくしてくれました。マシシで一泊してそのままシャイシャイへ南下。

シャイシャイには同期の3人組(通称チャーリーズエンジェル?)がいて、超楽しい3日間を過ごしました。もっといたかったぐらい。モザンビークで有名な海はイニャンバネとかビランクーロ(前回行ったとこ)ってとこなんやけど、シャイシャイも全然いけてる。海はまじできれいだった。3人組の友達のイギリス人のおじ様たちとブライ(バーベキュー)をして、もうプライベートビーチかってところで海と戯れて、最高でした。また肌が黒くなってしまったけど。

あまりに黒くなりすぎて、最近モザンビーク人か?とかまで聞かれた。あとキューバ人とか…。

シャイシャイからイニャンバネに行こうっていう日から急に暑くなってきて、何をしてても暑い!って日をイニャンバネで過ごしました。イニャンバネの隊員さんは大学が同じで、いろいろ話をたくさんできてよかった!熱く語って、いろんな話を聞けて、やる気を超もらいました。

このたびで何がよかったって、みんなの手料理!めちゃうまい。シャイシャイではえび、ちらし寿司、カレーなど、イニャンバネではナスと海老のものとか、アジフライとか!叫びたくなるほどうまかった。蟹でだしをとった味噌汁とか…。シモイオでは考えられない。

バスでの長距離での移動で疲れたけど、いろんな出会いがあっておもしろかった。出稼ぎにジンバブエから来てるおじさんとか、何かいろいろ話してて感激してしまった。家族と離れて、出稼ぎに来てて。家族恋しくないのかな?とか。「今嫁さんから電話があった!」ってすごい喜んでたし。英語の通じないこの国で、寂しいだろうなぁって切なくなってしまった。
斜め前に座ってたモザンビークの太ったおばちゃんは「ピーナッツ食べなさい。モザンビーク産よ。ビスケットは?嫌いなの?」とかっていろいろくれた。
バスで働いてるお兄ちゃんと話してて、エイズ検査の話になって「俺まだ受けてないんだよ。ちょっと心配だよ」って言ってた。
マーケットであったすごい髪型のお兄さんは赤ちゃんを抱いてて、「この子まだ生まれて3週間なんだよ!」って抱かせてくれた。
シモイオの少し手前でトラックの後ろに乗り換えたんだけど、風が強くて寒くて、ジャケット貸してくれた太っちょのお兄さん。あんたもTシャツ一枚で寒いだろうに…。シモイオに夜22時到着したら、シモイオ隊員が迎えに来てくれてて、すごいうれしかった☆

私の働いてる学校を去年の年末卒業した、同い年で一番仲のよかった助産師科の生徒、ジーナがイニャンバネに住んでて、最後まで見送ってくれた。イニャンバネからマシシまでは船で移動したんやけど、ジーナは「サトコ!」とかって船が見えなくなるまで見送ってくれた。お土産にココナッツまでもたしてくれたし。ほんといいやつ。ぽっちゃりしてて、私とよく似てるのか「おまえら兄弟か?」っていたるところで言われました。

今回旅して、やっぱりアフリカっていうか、モザンビーク最高!!!って確信した。
最近ホテル・ルワンダをみて(って遅いけど)、何かめっちゃ切なくなって、奴隷貿易の歴史とか、やっぱりどう考えてもアフリカって一番苦しんできた国なんだよなぁ。いろいろ「中国人」とか言われてむかつくこともあるけど、モザン人ガンバレ!って言いたくなる。あと1年、必死でモザンビークのために、自分のためにがんばろうって決意できた旅行だったかな。

来週は首都で健康診断。新しいシモイオに来る隊員さんたちに会えるのが楽しみ!おもいっきり遊びほうけるって決めたから。とりあえず「生地面積薄い」服かって、クラブは絶対行く!

yoursatoko at 14:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2007年01月03日

明けました。

9a647c98.JPGおかげさまで、2006年無事に越すことができました。ありがとうございました。

2回目のモザンビークでの年越し。去年は高いお金を払って素敵なパーティーへ行きました。今年は休みが取れず、ベイラっていう港町で年越ししました。12月31日にここシモイオを出て、1月1日にシモイオに帰ってくるという強行スケジュールでしたが、楽しかった。
また明日からVilanculosっていう綺麗な海へ行きます。ほんっとに綺麗らしい。

クリスマスも楽しく過ごせました。モザンビーク料理と日本料理のパーティー。パーティーって言っても小さいけど。私はコロッケ、ケーキ、クッキー、ポテトサラダ、鶏肉の煮物などを作った。食べきれず次の日腐った…。もったいな。

2007年、あっという間に3日も過ぎてしまいました。ちゃんとした決意がまだできてない。でもゆっくり1月を使って考えていきます。

今年もよろしくお願いします。

yoursatoko at 23:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) デキゴト