「うちの子は計算は得意で、テストもほとんど満点か、
それ近く取ってくるのですが、文章題が出ると急に点数が取れなくなるんです」

という相談をこれまでたくさん受けてきました。
K君も例外ではありませんでした。

お母さんの話によると、
低学年のときの担任の先生の方針が基礎学力の徹底ということで、
毎日毎日、計算ドリルの問題が大量に出された。
そのおかげで、計算問題はすらすら解けるようになったということです。

ある時、そのK君が算数の問題を解いていると、
頭を抱えています。

その問題は

「1000より1小さい数を求めなさい」

その時、もしかしてと思って
ひとつの計算問題を出しました。
K君のノートに

1000−1=

と書いて、これを解くように言いました。

「こんなの簡単だよ」

彼は筆算で式を書いて、すらすら解いてしまいました。

思った通りです。

筆算では、すらすら解けるのです。

でも、考えてみれば、この問題は筆算をするまでもなく、
意味を考えれば、瞬時に答が出る問題です。

K君の場合、1000−1の答は出るのだけど、
「1000−1の答」が、「1000より1小さい数だ」ということをわかっていないのです。

1000−1の答を出すことができるのは、筆算で解く手順を暗記しているから。

つまり、計算はできるのだけど、その意味を理解していないということです。

今の学校の算数教育の一番の問題点は、

わかっていなくても、できるようにしている。

ということだと思います。

わかっていないのなら、できない方が自然です。

人間の体が病気であれば、いろいろ症状が出ますよね。
その時、痛み止めを飲めば、痛みは止まりますから、
病気が治ったように感じます。

もし痛み止めを毎日飲み続ければ、体の中の病気を意識することはありません。

だけど、

痛まなくても、体の中で病気はどんどん進行しているわけです。

その結果、死に至るぎりぎりのところで症状が一気に出て、
手遅れになることもあります。

同じく、「計算ドリル」という痛み止めの薬を飲み続けていると、
どうなるでしょう?

「本当はわかっていない」という症状が表に現れることがないから、
「わかっている」という勘違いを本人に、もしくは周囲にもたらします。

だって、すらすら解けるわけですから。

学校の先生も通知表に良い点をつけます。
テストも良い点を取ります。
親からも、ほめられます。

そうこうしている間に、頭の中で深刻な病気がどんどん進行していきます。

「思考力欠落病(考えることができない病)」です。

この病気は、思考力を根こそぎ奪っていきます。
考えることができなくなってしまうのです。

だって、考えない練習ばかりしてきたわけですから

何を習っても、応用することはできません。
新しいパターンの問題を解くことはできません。
解ける問題は、習った問題だけです(解き方を覚えることができていたらの話ですが・・・)。

わからなくても、問題の解き方の手順をひたすら丸暗記して、
解き方を忘れた頃、復習と称して、解き方を丸暗記し直す、
また解き方を忘れた時、復習と称して・・・

こんな勉強をしていて、楽しいはずはありません。
苦行そのものです。

本来の勉強は「考える」楽しみがあるから、楽しいものになるのです。

そろそろ本当に力がつく、楽しい学習のあり方を考える時期にきていると思います。

現在のような状況が続く中で、いくらカリキュラムを増やそうが、
仮に学校の休みをなくして、授業数をたくさん増やしても
学力低下の問題は解決されないでしょうね。

量の問題ではないのです。

質の問題なのです。

「お母さん、これ何算?」

と聞いてきたとき、要注意です!
病気はかなり進行していることでしょう。

だけど、学習方法を変えることによって、病気を直すことはできます。

いかに「考える学習」を組み込んでいくかがポイントになります。