かつて日能研(中学入試専門の塾)で働いていたときは、
入塾テストで選抜された優秀な子たちばかりを相手に授業していたので、
計算でつまずいている子は見たことがなかった。
10年近く勤めた日能研を辞めて個人塾を立ち上げたのが、およそ20年前。

中学入試の世界から離れて、ふつうの小中学生対象の塾だ。
塾を始めてまもなくの頃、中3のAちゃんが入ってきた。

お母さんがおっしゃるには
「うちの子はとてもまじめで、学校の宿題も欠かさずきちんと丁寧にやってきました。
なのに、数学がここまで苦手なのはどうしてなのでしょうか」

こういう場合、最初にすべきことは決まっている。
基本的な問題をいくつか投げかけてみて、どのあたりでつまずいているのかを調べる。

「ノートに式を書かなくてもいいから。暗算で答が出るものはすぐに答えてね。
まず最初の問題。300✕2の答は?」
ふつうはここで600とすぐに答が返ってくるが、
Aちゃんはノートにていねいに筆算で300✕2を筆算で書き始め、
一の位に0 → 十の位を0 → 百の位に6と小さな位から答を書いていった。
こちらの想定外の解き方をしたため、最初どう解釈していいか、わからなかった。
ただ、中3であるにもかかわらず「かけ算の意味」が理解されていないことは確かだった。

しばらくこのことが頭にひっかかって、じっくりと考えてみた。

ふつうは不真面目な子どもが勉強が苦手になる。だけど、Aちゃんはまじめな子だ。
どうしてこのようなことになったのか?
おそらく300✕2を見た瞬間、計算の意味を考えようとせず(意味を考えれば300が2つだから600と
すぐに答が出るはず)、計算の形にとらわれたのではなかろうか。
Aちゃんの中では3桁✕1桁は筆算するものと決まっていたのかもしれない。
だから、300✕2を見た瞬間、計算ドリルで練習した時の記憶がよみがえり、
反射的に筆算を書いたのではないだろうか。
と考えると、こつこつ計算ドリルのような宿題をまじめにやったからこそ、
理解を遠ざけたのかもしれない

この時の体験から入塾する子どもたちをこのような観点から見るようになっていった。
いろいろなタイプの子どもが入塾した。
中には日能研で出会ったような優秀な子もまれではあるが入ってきたが、
中学受験が東京ほど盛んではない福岡ということもあり、
ほとんどがいわゆるふつうの子どもだった。
おかげで、小学校の算数の世界について、いろいろなことがわかってきた。

・中学入試において難関校を狙えるような優秀な子は
むしろ学校で良い評価をもらいにくいことが多い
(授業が簡単すぎて退屈なので授業に身が入らないのだろう)。

・学校では良い点数を取っているのだけど、
本当の学力が身についているかどうか疑わしい子が結構な数いる。

・学校のテストでは「考える問題」がほとんどないので、
計算が得意な子が良い点数を取れる(たとえば、小3でわり算を習った後のテストでは、
応用力を見る文章題でわり算以外の計算問題を使う問題はない。
しかも文章の中には2つの数しか登場しないので、
「大きな数÷小さな数」を式の欄に書き、答を機械的に出せば正解がもらえるので、
わり算を理解していなくても、わり算が理解されていると判定される。
せめてわり算以外の文章題を載せていれば、わり算の理解度を試すことができるのだが
わり算の単元のテストはいつもわり算の文章題ばかりだ)。

・小学校の算数テストにおいては、解き方を丸暗記すればわかっていなくても
解法パターンの暗記で良い点数を取ることができる。

・学校で出される宿題は単なる作業で終わっていることが多い。

・宿題が内容よりも形にこだわっている(たとえば、すでに覚えてしまっている漢字を
何度も何度も書かせるのは何のため?すべての漢字にルビをつけるのは何のため?
漢字の宿題は漢字を身につけるためのはずなのだが、
何度も書かせる宿題を強制するということは、漢字を見て覚える子の存在は無視されている。
一部の方には信じられないかもしれないが実際にそういう子は存在する。
私はこれまでに何名か会ってきた)。

・一般に、子どもたちは文章題の文章を読んでも意味を考えていない。
たとえば、「時速4kmで30分歩くと何km歩くか」の問いに対して、
公式にあてはめて、120kmと答える小6生が続出。
1時間で4kmしか歩かないのに30分でなんで120kmも歩けるのか、
意味を考えていない。出した答が本当に合っているかどうかの検証など論外。

他にも挙げればきりがないが、どうしてこのようないびつな状況になったのかを
考えるようになっていった。

そして、塾でどのように教えていけばいいのか考えた。
その結果、学校で習ったことの復習は最小限にとどめて(学校で習ったことが
身についていることは大前提だから復習がゼロということはありえなかった)、
主に学校で習っていないことを中心に問題を出すことにした。

習っていないから、当然解けない。
解き方はもちろん教えない。その代わり、言葉の意味だけは伝えた。


すると、不思議なことに、この方法の方が子どもは集中して問題に取り組むようになった

これまでは「先生、解き方、忘れた〜、解き方、教えて〜!」と言っていた子も
熱心に無言で取り組むようになった。
当然のことだが「学校で習っていない問題」は「解き方を忘れる」ことはありえない。
まだ解き方を習っていないのだから。
その代わり、時間はかかるが、考える楽しみが与えられるのだ。
先ほどの速さの問題で言えば、時速4kmは「1時間に4km進むことだよ」でおしまい。
あとは自分で考えてもらう。学校で習っていないから、自分で絵なり図なり描いて考えるしかない

ふつう学校では、かけ算は小2で習い、わり算は小3で習うが、
塾では小1のプリントにかけ算、わり算の内容を取り入れた。
「10個のおまんじゅうを5人で同じ数ずつわけました。1人何個ずつもらいましたか」と
文章題にすれば、小1でも小3の内容に触れることができるし、
「600円を3人で同じずつわけました。1人何円ずつもらいましたか」とすれば、
小4の内容になるので、小1でも小4の内容に触れることができるのだ。
このように、わり算の式はなくても、わり算の本質を学ぶことはできる

子どもは「考えること」が好きだと実感したのも、このような方法を取り入れたためだ。
「考える問題」ならば、子どもは没頭できるのだ。
(子どもが勉強をいやがるのは多くの場合、解き方を「覚える問題」を解かされることが多いから。
だから、多くの子どもが問題を解けない時、「解き方を忘れた」と言うのだ)
実際、黙々と1時間、問題を解いている小学生の姿を見て、驚かれる見学者の方は多い。

ただ、この方法は目前のテストに効果が反映されるわけではないので
多くの方に対してアピールするのは難しい。
「見えない学力」を養成しているんですよと言っても
納得してくださる方は少ないだろう。

しかし、後悔はしていない。
今もこの方法を続けているし、
今後この方法を変えることはないだろう。

やはり学習においては、「考える楽しみ」が必要だ
楽しいからこそ、夢中になれる。
夢中になれるから、本当の意味で力がつく
のだ。

計算力も然り。 

ということで、次回は「楽しみながら計算力をつける教材」を紹介しようと思う。

PS
そういえば、ドラえもんに代わって「楽しみながら計算力をつける教材」の紹介をするはずでしたが
ずいぶん遅れてしまいました。本当に申し訳ございませんでした。
もうじき次の記事をアップします。