筆ペンで描く日々

世界遺産を中心に

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ドゥブロヴニクはクロアチアのアドリア海沿岸ダルマチア最南部に位置する。
「アドリア海の真珠」とうたわれ、海と空にはさまれたオレンジ色の屋根の町並みが美しい。
古くからに海洋貿易によって栄え、町の起源はローマ帝国時代あるいはそれ以前に遡る。

中世にはラグーサ共和国が成立し、アマルフィ、ピサ、
ジェノヴァ、ヴェネツィアなどと共に5つの海洋共和国に数えられた。
巧みな外交術と豊富な富に支えられ、15世紀から16世紀にかけてはとくに発展している。

1806年、ナポレオンに占領され、
1814年からはオーストリア=ハンガリー帝国の一部となった。
1944年からはユーゴスラビア社会主義連邦共和国に編入された。

1970年代、恒久的に戦争による破壊から守るために非武装化された。
1991年のユーゴスラビア紛争でセルビア・モンテネグロ勢力によって
7ヶ月間包囲され、砲撃によって市街地が破壊された。
紛争終結後はすみやかに修復されている。

聖母被昇天大聖堂は最初はビザンチン様式で建てられ、
12世紀にロマネスク様式に建て替えられた。
1667年の大地震で倒壊し、建て直されて現在のバロック様式の大聖堂になった。
中央祭壇にイタリアの画家ティツィアーノの「聖母被昇天」がある。


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白神山地は、秋田県北西部と青森県南西部にまたがる
約13万haに及ぶ標高1,000m級の広大な山地帯の総称。
人の影響をほとんど受けていない世界最大級の原生的なブナ林が分布する。

約8000年前には既にブナ林が形成されていたことが分かっている。
その後、全く耕作されずに残ったのは、ブナには使い道がなかったためであった。
世界遺産に指定されているのはこのうちの約1万7千haである。

約4千種の動植物が棲んでおり、天然記念物のクマゲラが営巣するほか、
クマタカ、イヌワシ、シノリガモの生息が確認されている。

動物ではツキノワグマ、カモシカ、ヤマネなどが生息し、
秋田県で唯一のニホンザルの群れがいる。
近年ニホンジカが目撃されるようになり、植生への影響が懸念されている。




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アウグストゥスブルク城は、18世紀初頭にヴィッテルスバッハ家の
クレメンス・アウグスト・フォン・バイエルンによって建造された。
彼は選帝侯を兼ねていたケルン大司教の座にあった。

当初は中世の城を改築した質素な宮殿だった。
1727年からフランソワ・ド・キュヴィエが改築し、
現存するロココ様式の壮麗な宮殿が出来あがった。
宮殿には華やかな階段室があり、
これはバルタザール・ノイマンが手がけたものである。


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セティ1世(紀元前1294-1279年頃)によって装飾が始められ、
ラムセス2世(紀元前1279-1213年頃)により完成した。

幅102m、奥行き53mにおよぶ大列柱室の区域には、
16列に配置された134本の巨大な円柱がある。
122本は高さ約15mの未開花式パピルス柱であり、
中央の12本は開花式パピルス柱で高さが21m、直径は3m以上ある。


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13世紀から15世紀にかけて建てられた3つの城をもつベリンツォーナは、
中世における軍事建築の重要性の例証となっている。

モンテ・ベッロ城は1400年ごろに着工され、15世紀中に完成した。
不規則な形をしており、城壁は巡邏路を備え、三隅に塔がある。
城の中庭へは、2つの門、1つの堀と跳ね橋、落とし格子を通らねばならない。
銃眼のある長い壁と塔に助けられ、都市の要塞化の一翼を担った。


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ペルー最大の国立公園。
陸路からの近づきにくさにより、あまり荒らされていない。
標高150mのアマゾン盆地一帯から、標高4,500mのプーナと呼ばれる
草原地帯までを含むため、世界屈指の生物多様性を誇る。

植物種は15,000種を超え、1haの樹木種は250を超える。
北米の全野鳥に匹敵する800種以上の鳥類が見られる。

アンデスイワドリはペルーの国鳥。
輝くような赤みがかったオレンジ色で、
円形の冠毛を持ち、翼と尾羽は黒く、背中の下部は薄い灰色である。



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ザルツァッハ川左岸の旧市街地にある聖堂。
8世紀前半には建てられており、当初は洗礼と教会会議に利用されていた。

何度も改修改築を繰り返し、ロマネスク、ゴシック、ルネッサンス、
バロックと様々な様式を見ることができる。
中世の建築要素がもっとも残る建物として知られている。
しかも、それぞれが時代の個性を主張しつつ、
統一感のある美しさが見られ、建築的に興味深い聖堂である。


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コロンビア北岸の港町カルタヘナは、港町としての好条件を備え、
1533年からスペインの植民地として発展した。
繁栄を守るため、16世紀から18世紀にかけて建造された数多くの要塞が残っている。

中でもサン・フェリペ要塞はとりわけ強固な要塞であった。
高さ約40mの丘の上の要塞は、1536年に建設が始まり、1657年に完成した。

この要塞は、1741年にブラス・デ・レソ率いる守備隊が
イギリス海軍の攻囲を凌いだ時にも重要な役割を果たした。
要塞前には隻眼・隻腕となり、
さらに片足まで失って奮闘したレソをたたえ、彼の像が立てられている。



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トシェビーチはチェコ南部、ヴィソチナ州トシェビーチ郡にあり、人口は約4万人。
ここのユダヤ人地区は、欧州最大級であり、最も良い状態で保存されている。

1101年にベネディクト会の修道院が設立され、町の形成に繋がった。
三十年戦争初期の白山の戦(1620年)を機に
カトリックのヴァルトシュテイン家の支配下に入ったが、
同家はプロテスタントやユダヤ人には寛容な姿勢を保った。

第二次世界大戦時、ユダヤ人たちの多くはナチスの手を逃れて流出。
残ったものは強制収容所へ送られ、ユダヤ人社会は完全に消滅した。
現在のユダヤ人街には、二つのシナゴーグやユダヤ人地区集会所、
ラビの家、救貧院、ユダヤ人学校、病院など100軒以上の建物が残っている。



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河北省、承徳市にある清朝時代の離宮。
清の皇帝は瀋陽(当時の奉天)に参拝する際、承徳に立ち寄ることが多かった。
承徳は気候がよく、自然豊かで温泉などもある。

康熙帝は1703年にここに離宮を造ることを決めた。
雍正帝の治世を経て乾隆帝治世の1741年から大規模な整備がなされ、
着工から87年を経て1790年に完成した。

建築にあたっては、江南地方の名園・名勝を参考にした。
内モンゴルや大興安嶺などから松が持ち込まれ移植されている。
また園内の文津閣には四庫全書が収蔵されている。



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