筆ペンで描く日々

世界遺産を中心に

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九寨溝(きゅうさいこう)は中国四川省北部のアバ・チベット族チャン族自治州九寨溝県にある自然保護区。
石灰岩質の岷山山脈(びんざんさんみゃく)の標高2,000mから3,400mに
大小100以上の沼が連なるカルスト地形の淡水の湖水地帯である。

谷はY字状に分岐しており、岷山山脈から流れ出た水が滝を作り棚田状に湖沼が連なる。
水は透明度が高く、山脈から流れ込んできた石灰岩の成分(炭酸カルシウム)が沼底に沈殿し、
日中には青、夕方にはオレンジなど独特の色を放つ。

チベット人など少数民族の居住地としても知られ、
「九寨溝」の名はチベット人の村(山寨)が9つある谷であることから付けられた。
ジャイアント・パンダの生息地のひとつでもある。

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フィジー、オバラウ島の港町レブカの沿岸部に残る歴史地区である。
コロニアル建築が見られる街並みは、オセアニアとヨーロッパの文化交流や植民都市の歴史を伝えている。
19世紀はじめ、欧米の商人や宣教師らによって開拓され、フィジーで最初の植民首都となった。
1874年にフィジーが英国植民地となった時ここで調印式が行われ、約8年間フィジーの首都として栄えた。
セイクリッド・ハート教会は1866年建造で、石造の時計台を擁している。


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グラナダは、イベリア半島で最後まで残ったイスラム勢力のナスル朝の首都であった。
ヘネラリフェは、アルハンブラ宮殿の北、チノス坂をはさんだ太陽の丘に位置する。
ムハンマド3世(1302年-1309年)の時代に、夏の別荘として建設された。
別荘内のアセキアの中庭は、細長い池を囲むように花壇、噴水、柱廊が設けられている。
庭園はイスラムの天国をイメージしたとされ、多くの詩にうたわれた。



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モーリタニア北西部ダフレト・ヌアディブ州の沿岸部、ティミリス岬を中心とする
12,000平方kmの国立公園で、面積のおよそ半分は海域である。
平坦な地形で、最高点は標高15m。海洋も遠浅の海が広がり、最深部でも5mの深さしかない。

沖合いで暖流と寒流がぶつかるため魚が多く、それを目当てに鳥類や海棲哺乳類も多く集まる。
特にティドラ島、ニルミ島、ナイル島、キジ島、アルガン島などを含む砂州は、
渡り鳥の楽園となっており、ラムサール条約にも登録されている。


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ヒマラヤ山脈のエベレストの南に連なる山。標高は8,516mで世界第4位。
主峰の他に中央峰(8,414m )、シャール峰(8,383 m、東峰)がある。
ローツェはチベット語で「ロー=南、ツェ=峰」の意で、エベレストの南峰であることを意味する。
ローツェの頂上とエベレストの頂上は、直線で約3kmほどしか離れていない。
南壁は標高差が3,300mあり、世界屈指の大岩壁である。

初登頂は、1956年5月18日にエルンスト・ライスとフリッツ・ルフジンガーが率いる
スイスの登山隊によって成し遂げられた。


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1020年に着工されたクラクフにあるカトリック教会の大聖堂。
王宮などとともにヴァヴェル城を形作っており、英雄的人物や歴代国王などが埋葬されている。
1611年に首都はワルシャワに移ったが、スウェーデンに占領される1655年まで
国王の戴冠式と葬儀はここでおこなわれた。
16世紀にジグムンド1世が建てたジグムンド塔には、ポーランド最大の鐘が吊されている。



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世界遺産ではないが、『赤毛のアン』(原題Anne of Green Gables)の舞台として知られている。
小説では、孤児院育ちのアン・シャーリーが、11歳でアヴォンリーのカスバート家に引き取られてから
クィーン学院を卒業するまでの少女時代5年間が描かれている。

作者のL・M・モンゴメリ自身が、早くに両親と離れ祖父母に育てられた経験を持っている。
原題のグリーンゲイブルズはアンが住むことになるカスバート家の屋号であり、
直訳すると、「緑の切妻屋根」という意味になる。
モンゴメリはいとこの家をグリーンゲイブルズのモデルとして描いた。


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紀元前2世紀頃から紀元3世紀頃、
イスラエル南部のネゲヴ砂漠に住んでいたナバテア人たちは、
乳香や没薬といった香の交易で栄え、
交易路はペトラ、ガザ、エイラートなどとネゲヴの都市群を結んでいた。

アヴダトは、紀元前3世紀ごろに交易路のキャラバン向けの季節限定の野営地として始まり、
紀元前1世紀後半に町が建設された。
106年にローマ帝国に併合されてからも、ペトラとガザを結ぶ交易路の主要停留地として栄えた。

初期の町並みは5世紀初頭の地震で壊滅的な被害を受け、
7世紀初頭の大地震で完全に崩壊し、それ以降は人が住むことはなかった。


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首都ローマにある古代ローマ時代の凱旋門で、ローマ建築の代表的なものである。 
コロッセオとパラティウムの丘、フォルム・ロマヌムの間に位置している。

西の副帝であったコンスタンティヌスが、312年のミルウィウス橋の戦いで
正帝マクセンティウスに勝利し、西ローマの唯一の皇帝となった事を記念し建てられた。
フランスのパリに建設されたカルーゼル凱旋門のモデルにもなっている。

高さ21m、幅25.7m、奥行き約7.4m。
3つの門を有し、中央の門が高さ約11m、幅約6.5m、左右の門が高さ約7m、幅3mであり、
ローマにある凱旋門では最大である。
構成は、フォルム・ロマヌムにあるセプティミウス・セウェルスの凱旋門のものを踏襲している。



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フェズは、アフリカ北西端、モロッコ王国北部の内陸都市。
789年、ベルベル人のイドリース1世によりイドリーズ朝が建設され、首都となった。
マリーン朝などの以後のイスラム王朝でも首都とされ、13世紀頃からモスクや
マドラサ(イスラム教における高等教育施設)が造られ、芸術や学問の中心として繁栄した。

坂や路地、階段が入り組んで、迷路のようになっており、車が入ることができない場所が多く見られる。
外敵の侵入を防ぐためだったといわれ、今でも物流の手段としてロバやラバが使われている。


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