優嵐歳時記

俳句と季語、日本の自然と四季が生み出した美しい言葉を。

【冬ぬくし】

□◆□…優嵐歳時記(2022)…□◆□

  とんとんと屋根の葺き替え冬ぬくし   優嵐

姫路はまだ暖かです。毎年クリスマスあたりまではあまり冬という感じがしません。昨日は雨になり、気温があがりませんでしたが、ことさら寒いというわけでもありませんでした。

ただでさえ日が短いこの時期、雨になるとさらに電灯をつけている時間が長くなります。晴天の日でも午後になると太陽の高度が低くなって部屋の中まで深く差し込むためカーテンを引かざるをえず、電灯を点しています。

オークションはほぼ終了、といいつつ、まだちらほらと出てくるものを出品しています。なんだかもう徹底的にやろうという感じで、出せるものはみんな出しています。年に一回くらいこういうことをやって身の回りの整理をするのはいいことかもしれません。

食べもののダイエットを盛んに言いますが、モノのダイエットも必要ではないかと今回感じました。メディアは何かを買って貰うためのCMであふれていますから、モノのダイエットなんてあまり語られませんが、精神に与える影響は大きいように思います。


<あれもこれも>
わたしたちは身ひとつで生まれ
その身さえ置いて
あちらに帰っていく

それなのに
どうしてこんなにたくさん
持とうとするのだろう

あれもこれも
あれでなければこれでなければ
あれはいやこれが欲しい
あれもいいけどこれもいい

黄泉からの使者がある日
あなたの腕をとるとき
持っていけるものは
何だろうか


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【冷え】

□◆□…優嵐歳時記(2021)…□◆□

  風なくてしんと始まる夜の冷え   優嵐

季節によって食物の好みが変っていくというのは当然といえば当然です。夏は身体を冷やすものを、冬は暖めるものを食べたくなります。おやつとして晩秋から冬にかけての私の好みはチョコレート系のものになります。夏に冷やして食べるという手もありますが、やはり寒い時期のお菓子だと思います。

スイーツなんていう贅沢なものよりも近所のスーパーで売っているような安いもの方が気楽に食べられて好きです。果物ではりんごが好きなので、毎日りんごを食べています。しかし、りんごとひとくちに言っても、今こんなにたくさん品種があるのですね。びっくりしました。


<静寂>
冬の夜が静かなのは
耳を澄ますことを
教えるため

騒々しさのなかで
失った何かを
思い出すため

目覚めるために
必要なのは
騒音ではなく静寂


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【師走】

□◆□…優嵐歳時記(2020)…□◆□ 

  師走くる何か終わりし気配かな   優嵐

師走か…と何か感慨深いものがあります。しかし、時間を区切るのは人間の価値観であって、自然はそのようなことに頓着しません。時間は流れていくのか積み重なっていくのか、円環して戻ってくるものなのか、考え方によってはいろいろだな、と思います。

お昼ごはんに「ニラ玉ソーメン」なるものを作って食べました。いただいた素麺が一箱あったのを見つけ、それをどうやって食べようかと考えていたら、アウトドア系のクッキングの本にこのメニューが載っていたのです。ソロキャンプで作るような料理ですから簡単にできます。

鍋に700mlほどの湯を湧かし、そこへ素麺を二束入れニラを適当に入れてそうめんつゆで味をつけ、卵を割りいれたら出来上がり。私は料理にも無頓着で凝ったものは全く作りません。今日はそうめんつゆではなく、余ったインスタントラーメンの粉末スープを入れました。身体が温まるのはさすがアウトドア系の冬のメニューです。


<冷えていく>
コートに立って
霜月の満月を見上げた
雲ひとつない夜空に
くっきりとした輪郭をみせ
月はしずしずと昇っていった

風の全くない静かな夜
ボールを追って
身体は火照っているのだが
頬と指先は冷たい

空気がしんと冷えていくのがわかる
街全体が月の光の中で
明るく冷やされていくようだ

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【冬暁】

□◆□…優嵐歳時記(2019)…□◆□

  冬暁や深き夢より目覚めけり  優嵐

最近とても長く眠っています。毎日九時間から十時間くらい寝ているのではと思います。眠れるから不思議ですね。通常、六時間くらいしか眠らなかったのですが、このところ夕方になるともう眠くなり、ちょっと我慢しても日が変わるまで起きているということはありません。

病気のときというのは長く眠れるものです。風邪をひいているときとか、発熱しているときというのは、一日中でも眠れてしまいます。多分、眠ることによって病気の回復を助けているのでしょう。軽い体調不良はだいたい一晩眠るとよくなっているものです。

しかし、今は別にどこか調子が悪いというわけではありません。それなのにこのロングスリーパーぶりはいったい何か、と思います。夢の中で何かが起こっているのかもしれません。


<眠り>
眠っているとき
わたしたちはどこにいるのだろう

肉体はここにいる
しかし
実際のわたしは
本来のふるさとに帰っているのだ

永眠とはよくいったもの
眠りは一時的なそこへの帰還

なつかしくて
だけど
なつかしくなりすぎないように
わたしたちは夢を忘れる

もしずっと覚えていたなら
もうここにいたくないと思ってしまうから


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【冬の風】

□◆□…優嵐歳時記(2019)…□◆□ 

  高階の窓にぶつかる冬の風   優嵐

すっかり片づけてしまい、もう逆さに振っても鼻血も出ない雰囲気の部屋になりました。もともとアクセサリーとか部屋を飾りたてるようなものは全く持っていないので、明日引っ越すのかというような殺風景な部屋です。次の粗大ゴミの日に倉庫代わりの部屋に置いているゴミを出してしまえばどれほどすっきりするかと楽しみです。

今ではすべての部屋の隅々まで何があるか把握できています。キャンプのテントみたいですね。遊牧民のパオかな。いくつもあったウエストバッグは「グレゴリーのランバールーム」と思われるものを残してあとは送り出してしまいました。

これが一番シンプルで容量が大きく使い勝手がいいのです。現在は廃盤で同じ大きさのものは無いようです。ウエストではなく斜めがけにすることも可能です。ザックにしてもそうですがなんだかんだとゴムやら紐やらがややこしくついているものよりシンプルな方が結局は使いやすく長持ちします。

グレゴリーはバックパックのメーカーとして有名なブランドですが、ここの大きなザック類は何年か使用するとすっぱいようななんともいえない臭いを発するようになります。このウエストバッグにはそういうものがないので、使っている材質が違うのだろうと思います。


<シンプル>
よけいなものはいらない
基本骨格だけがあればいい
最低限の機能をはたしてくれたら
あとはこちらが工夫する

贅肉とアクセサリーがつけば
わずらわしいだけ
本来の機能が殺がれてしまう
すべてがそうじゃないか



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【白菜】

□◆□…優嵐歳時記(2018)…□◆□

  自転車の荷台に白菜くくりつけ   優嵐

白菜はお漬物に、またこの時期の鍋物に欠かせない野菜です。クセがなく、白菜が嫌いだという人を聞いたことがないように思います。中国北部が原産地といわれています。日本で普及したのは明治以降ということですから、それほど昔ではありません。侍は白菜を知らなかったのだな、と思うと意外です。

今日は少し風がありました。軽めの木枯しという感じです。いつのまにかもう師走が目前なのに驚きます。この二ヶ月、オークションにどっぷりつかっていたためにオートバイの任意保険の期日が迫っているのを忘れ、昨日電話で知らされあわてて手続きをしました。

今日は衣服の整理をしました。2005年から仕事を変えて出勤しなくなったため、そういう類の服はもう不要になっています。どんどん出していったら衣装ケースがごっそり空になってしまいました。どこまで少ないもので暮らせるかしばらくやってみるか、と考えています。

十代のとき隠遁者になりたいと思っていたのですが、どうやら本当にそういう感じになってきました。西行か吉田兼好、鴨長明ですね。芭蕉もそれに近いような気がします。旅に生き漂白の中で句を詠んでいますから。


<自由>
しがらみを振り捨てたいと
思う人は多い
しかし実際にできる人は
ほとんどいない

いつもなにかにからめとられ
よしなしごとのなかで
暮れていく人生

自由を欲しながら
ほんとうの自由のなかで
耐えられる人は
そんなに多くない

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【冬構】

□◆□…優嵐歳時記(2017)…□◆□

  不要物さっぱり捨てて冬構   優嵐

ようやく持ち物の整理が終わりそうです。オークションに出して引き取ってもらえそうなものはすべて出し終わり、買い手がつかなければ処分することにします。思い立って開始したのが十月に入ったころでしたから、ほぼ二ヶ月かかったことになります。

押入れも倉庫代わりに使っていた部屋もタンスも何もかもがらんとしました。あの膨大な品物たちはいったい何だったのか、と思ってしまいます。まだ捨てるものがあるので、さらに部屋はがらんとしていきそうです。

今日、送り出した山用の道具を引き取ってくださった方から「ぴったりで喜んでいます」との連絡をいただき、うれしくなりました。ああ、あれもこれも次の場所で次の人生を始めているんだな、と思うと「楽しんでね」と声をかけてやりたくなります。日本人は品物にも魂を認め、針供養のようにモノの魂を慰める習慣を持っています。自分にもそういう気持ちがあるんだ、と実感しました。

「冬構(ふゆがまえ)」とは、本格的な冬の到来を前に家の内外にいろいろな設備を施して雪や風に備えることです。北国、雪国ではこれらの準備が大掛かりなものになります。不要物の処分が私なりの冬構だったかな、と感じています。


<一言>
誰かのほんのちょっとした一言で
心がふわっと
あたたかくなることがある

特別な人であることも
特別な言葉であることも
特別な場面であることも
必要ない

何気ない
でも誠実なその一言
それが不意にやってきて
心のどこかに触れるとき
なんて人間は素晴らしいんだろうと思う

その人は気がついていないかもしれない
何かお返しするにも
できないことがほとんど
見ず知らずの人の場合もある

だから思う
このバトンを次の人に渡そう
渡したいと思う人でありたい、と


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【暮早し】

□◆□…優嵐歳時記(2016)…□◆□ 

  一心にもの片づけて暮早し   優嵐

「暮早し」は「短日」「日短か」などと同じ意味です。語感によって使い分けます。このごろの日の短さはとりわけ午後の短さとして感じます。お昼ごはんを食べてちょっとしたら、もう夕暮れの気配が忍び寄ってきます。

今日は27日、坂井泉水さんの月命日なので、ZARDの楽曲について書きます。今日取り上げるのは『翼を広げて』(08.4.9)です。この曲はZARDの44番目のシングルとして、坂井泉水さんが亡くなった後に発表されました。作詞家として93年にDEENへ歌詞提供していた曲をセルフカバーで歌っています。もし、彼女がこんなに早く亡くならなければCD化されることはなかった作品かもしれません。

その点では、ビジュアルとしての彼女の姿がこれほど外部の人の目に触れるようになったのも亡くなった後のことでした。YouTubeにはほとんどのZARDの楽曲が動画つきでアップされています。しかし、それらの動画を作られた熱心なファンの方たちでさえ、亡くなった後に放映された特別番組や映像で初めて<坂井泉水>のさまざまな姿に触れ、感慨ひとしおだったようです。

「ああ、こんなに楽しそうにしているんだ」「笑うんだね」などというコメントが寄せられているのを読むと、若い女性なんだから、笑いもするし、冗談も言えば楽しそうにもするだろう、と思いますが、それほどメディアからは身を引いていたということでしょう。

翼を広げて


この楽曲は『負けないで』とともに高校の音楽の教科書に採用されています。「翼を広げて旅立つ君にそっとエールを送ろう」と歌う励まし系のバラードです。実はこの曲を最初に聴いたとき、ちょっと違和感がありました。それは、「誰のためじゃなくただ君のため 愛してたよ」というところです。

「私のためじゃなく」とか「あなたのためじゃなく」とは言いますが「誰のためじゃなく」という表現はあるの?と思ったからです。ここは「誰のためでもなく」「誰かのためじゃなく」「誰かのためではなく」などというのが普通でしょう。しかし、普通ではないものを普通以上のものにしてしまうのが特別な才能を持った人です。

彼女は膨大な候補メロディの中から曲を選び、そこに歌詞を乗せてZARDの楽曲を作っていたようです。曲と言葉が響きも含めてぴったりあうところを探していたに違いありません。文法的なことは百も承知の上で、あえて「誰のためじゃなく」という言葉を選んだのでしょう。「誰のためでもなく」では確かに全く印象が違ってしまいます。

似たようなエピソードが『負けないで』にあり、作曲者の織田哲郎さんは最初に歌を聴いたときに「どんなに離れてても」の部分の歌い方に違和感があったといいます。ここは単語の並びからいうと、「どんなに・はなれてても」と切るのが普通です。しかし、坂井泉水さんは「どんなには・なれてても」と歌っています。

「ところが聴いているうちにこれがいいなあと思うようになった」と織田さんが語っているように、この特異なテクニックや方法が、なんともクセになるZARDの音楽の魅力の隠し味になっているのです。

また『翼を広げて』は彼女の一周忌直前に発表されたため、「翼を広げて旅立つ君にそっとエールを送ろう」というサビのフレーズは、生前の坂井泉水さんが自分自身へ呼びかけているようにも聴こえたでしょう。ファンの方にとっては、その声に乗せて、彼女の魂に感謝とエールを送る、そんな気持ちをかきたてたのでは、と思います。

【銀杏落葉】

□◆□…優嵐歳時記(2015)…□◆□

  銀杏落葉金色をいま惜しげなく   優嵐

近所の銀杏がいま黄葉の盛りです。黄葉しながら散っていきます。その鮮やかな黄色は冬の空気に最後の華やかな彩を与えています。銀杏が散ってしまうと真冬になります。それを見上げていると、思いがけず車から声をかけられました。学生時代の友人です。

仕事で出張した帰りということでした。車を脇へ寄せて助手席に乗り込みしばらく近況やら何やらひとしきり話し込みました。自分もつい数年前まで同じ仕事をしていたのですが、なんだかもう遠い夢のようです。自分の生活も変わったし、気持ちも変わってしまったなあと思わざるをえません。

人間は変わっていないようでいて、変わらずにはいられないものなのです。この一瞬にも自分が意識していないだけで着実に変わっています。変わっているということがすなわち生きているということなのでしょう。


<久しぶり>
「久しぶり」という言葉を
初めて使ったのは
いつだっただろう

中学までは友だちの
顔ぶれが増える一方で
ばらばらになることなどなかった

別々の高校に進み
違う制服を着て
初めて「久しぶり」という
言葉を使ったような気がする

あれから随分長い時間がたって
友だちに会うともう
「久しぶり」ばかりだ

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【湯豆腐】

□◆□…優嵐歳時記(2014)…□◆□

  湯豆腐にふるふる揺れる角のあり   優嵐

鍋物のおいしい季節になってきました。湯豆腐はなかでも最も手軽であっさりとしており、実に日本的な料理です。夏は冷奴、冬は湯豆腐と寒暑を問わず愛でられているというのも豆腐の特徴です。

明日が粗大ゴミの日で、整理したものをあれこれ出したら倉庫代わりの部屋がどっと空きました。すっきりするなあ。まだしばらく整理は続くので、もっとすっきりするはずです。

オークション商品を発送するのに意外に役に立ってくれたのがさまざまな店でいただいた袋でした。本は紙袋の方がいいですが、衣類や鞄などは形が自由になるビニール袋の方が勝手がいいのです。さらに、大型のものにはゴミ袋が大活躍。


<鍋物>
お鍋の季節だね
何がいい

すき焼き
寄鍋
牡丹鍋
ちり鍋
湯豆腐
おでん
石狩鍋

何だっていいよ
きみといっしょなら


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【手袋】

□◆□…優嵐歳時記(2013)…□◆□

  手袋のゴツゴツあるいはしなやかに   優嵐

手袋は冬の季語ですが、実生活ではいまや四季を問わずにさまざまな手袋が使われています。感染症予防のために医療現場には欠かせませんし、作業、スポーツの効率を高め手を保護するためにも手袋は必要です。

23日は勤労感謝の日でしたが、この辺になるとなんだか祝日として影が薄いという気がします。もともとは、「新嘗祭(にいなめさい)」として今年の初穂を神に奉り宮中で召し上がった儀式に由来します。
現在は勤労と生産を祝い、互いに感謝する日なのだそうですが、子どもの日や敬老の日のように”プレゼント”がらみで騒がれないため、母の日やバレンタインデーよりさらに影が薄いような…。


<手袋>
ずらりと手袋を並べる

ラムスキンのしなやかな黒の手袋
オレンジ色の毛糸の素朴な手袋
最新のテクノロジーを駆使した雪山用手袋
ダイビング用手袋
鹿革の無骨な作業用手袋
フリースの柔らかな手袋
オートバイのハンドルを握るための手袋
自転車用の指先をカットした手袋
雨天用のライディング手袋

手袋をつけると手はひとつの人格を持つ
手袋を変えるたびに人格が変わる
いくつもの手袋を脱ぐとき
そこに現れるのは同じ私の手

私という人格を脱ぐとき
そこにいるのは誰だろう

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【冬林檎】

□◆□…優嵐歳時記(2012)…□◆□

  冬林檎日差しの甘さ伝えけり   優嵐

冬林檎という種類があるわけではなく、林檎は秋の季語なので、冬になると冬林檎とします。冬紅葉と同じ使い方です。オークション物品がそろそろ終りか、と思っていましたが、十一月いっぱいくらいはかかりそうです。一日三点ほどずつ出していくにしてもそれぞれの商品に説明と写真がいり、そういうことを調べて書いているとそれなりに時間がかかります。

思いがけないものが押入れの奥から出てきて、またまた出品するものが増えたり…。それにしても手袋だけで20セットくらいあります。オートバイに乗るだけで夏用、冬用、雨天用と三種類の手袋があり、同様のものが自転車でもあります。これらは手元においていますが、ウインタースポーツ用の手袋が数種類、日常生活用が数種類、作業用が数種類という具合で、手袋マニアのようなありさまです。


<遊び>
よく遊んだもんだな
自分の中の誰かが苦笑いする

だけどそれはそれでよかったんじゃない?
もうひとりの誰かが言う

楽器を弾いたり絵を描いたり
山に登ったりキャンプしたり

そのときを楽しんで
後悔することなんか
何もなかったよね

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【紅葉散る】

□◆□…優嵐歳時記(2011)…□◆□

  とどまらず残照たたえ紅葉散る   優嵐

今日はまた少し風が冷たく感じられました。喪中葉書が届き始め、気がつくと今年もあと40日ほどで終りです。これから師走半ばごろにかけて紅葉はしだいに散っていきます。桜と並んで紅葉は散りゆくさまが古来から愛でられてきました。

週末にようやく年賀状を買いました。連休中に少し準備をしようと思っています。それにしても、ついこのあいだ丑年の図案を考えたような気がするのですが、この調子だとまたすぐにウサギが跳ね回りそうです。来年のことを言うと鬼が笑う?そうですね、確かに。明日何が起きるか、誰にもわかりません。


<がらん>
押入れががらんとした
がらんとしてしまうと
そこに何があったのか
ほとんど忘れてしまっている

心の押入れもたぶんいま
がらんとしている
そこに何が入ってくるのか
まだわからない

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【小春】

□◆□…優嵐歳時記(2010)…□◆□

  篠笛を吹く人小春の頂に   優嵐

小春は陰暦十月の異名です。冬に入ってしばらくたった今頃、十一月半ば過ぎから十二月初めごろの穏かな日和を「小春」と呼びます。厳しい冬がやってくる前のひととき、木枯しが吹いたあとに二、三日続く静穏な晴れの日です。小春とは、素敵な呼び方だなと思います。

増位山の頂で眺めを楽しみながら篠笛の練習をされている方に会いました。こんなところで笛を吹いたら実に気持ちがいいでしょう。部屋の中でしていることをたまにアウトドアですると、気分が変わって新鮮です。


<次へ>
ほとんど葉を落としたアベマキから
黄葉が隣り合うコナラに移った
アベマキの落葉を見届けるように
コナラの梢が黄色く変わり始めている
木から木へ黄葉のバトンタッチ

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【冬田】

□◆□…優嵐歳時記(2009)…□◆□

  青き空映して冬田の中の池   優嵐

稲を刈ったあとの田が、ひと冬そのままの状態であるのを「冬田」といいます。雪国であれば間もなく雪に覆われ、雪解けまで根雪の下に埋もれるのでしょう。瀬戸内海沿岸では、冬になると晴天の日が続きます。田園地帯にはため池があり、それが空を映して光っているのは、播州らしい光景です。

オークションに出す物品もそろそろ底をついてきました。一ヶ月以上連日三点ほどの品物を出してきたのですから無理もありません。大小さまざまなものを出品し、大半を引き取ってもらいました。売れそうなものが終わったら、次は捨てるものを捨てようと思っています。

自分が即座に思い浮かべられるものだけを持つ、そういう主義でこれからはやって行くつもりです。何かひとつ買いたくなったら、その前に何かを捨てる、仕舞いこむのは季節的な品物(扇風機、コタツなど)だけにする、と決めました。一足早い年末の大掃除。


<命の色>
森で青虫を見つけた
蛹になって冬を越すのだろうか
枯葉の中で
その鮮やかな緑色は
とても目をひいた
若い命の色

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【冬の雲】

□◆□…優嵐歳時記(2008)…□◆□

  但馬より丹波摂津と冬の雲  優嵐

雨のあとの今日は青空が眩しい日になりました。少し気温が下がり、冬が歩みを進めたことを感じます。風がなくても頬のあたりに触れる空気の感触が冬です。寒冷地で使っていたタートルネックの首の部分だけのようなものが出てきました。それを首につけると、一枚薄着で平気です。

この冬部屋で愛用しそうです。マフラーのようなものは端がごろごろして邪魔ですが、このネック部分だけのものはさすがアウトドア用と思います。首は大動脈が皮膚近くを通っていて、ここを暖めると身体全体を効率よく暖めることができます。

増位山の頂から今日は大鳴門橋が見えました。空気の澄んだ冬の晴れた日がやはり一番よく見通しがききます。兵庫中部から丹波方面、摂津、淡路へと雲が連なっており、気圧にそって雲ができているのだろうなあと思いながらその様子を眺めていました。


<冬>
そろそろ本番だ
冬がかたわらに座ってそう言う
アベマキはほとんど落葉を終えた

寒さの底へ入っていって
ぼくを通り抜ければそこに春がいる
梅も桜もぼくの中で花を準備するんだ

春が花を咲かせるのだけれど
下ごしらえはぼくの仕事
寒さが花を呼ぶんだよ


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【短日】

□◆□…優嵐歳時記(2007)…□◆□ 

  短日の夕刻の森霧流れ   優嵐

朝から雨でした。ほぼ一日降り続き、夜に入って雨はやみました。十一月も半ばともなれば日が随分短くなっていることを感じます。季語では、日が短くなっていく時期を秋は「夜長(よなが)」、冬は「短日(たんじつ)」と詠みます。そこにある微妙な感覚の差が日本人の感性ということになるのでしょう。

午後三時を過ぎてから森へ行きました。押入れの奥を発掘していたら、真新しい長靴を見つけました。カヤックに乗っていたころに買ったものだと思うのですが、存在すら忘れていました。これからは自分が把握できるものしか家に置かないことにしようと思います。しかし、雨の中、それを履いて森を歩くのは楽しいものでした。

長靴のよさというのは、濡れる心配をせずにどんどん歩いていけることです。膝下まで長靴がカバーしてくれますから、泥はねも何も気にすることはありません。上にはゴアテックスのレインウェアの上着を着て、傘をさして歩きました。もちろん誰にも会いません。歩き始めのころはまだ明るかったのですが、帰りには薄暗くなってきました。


<雨の森>
長靴をはいて雨の森を歩く
傘をうつ雨の音
霧が木々の間を流れていく
湿った木の香り
ひんやりとした森の空気

濡れた落葉を踏んで
水たまりも気にせず
ずんずん歩いていく

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【枯れ薄】

□◆□…優嵐歳時記(2006)…□◆□

  枯れ薄朝日の中にかろがろと  優嵐

穂も葉も枯れつくした薄を「枯れ薄」あるいは「枯尾花」として詠みます。古来人生のはかなさの象徴のように扱われてきました。しかし、日差しを浴びてきらきらと光っている薄は美しく、一種の解脱を達成したもののようにさえ思えます。執着を捨てているとでもいいましょうか。

オークションに出品するモノを探しているうちに、生きていくのに必要なものはそんなにたくさんいらないのだ、と気がつくようになりました。このモノの溢れた世の中で、必要最小限のモノに絞っていくというのが実は技術や思想のいることなのではないか、と思っています。

私はファッション的なものには全く興味がなく、そういう感覚でのモノはほとんど持っていません。それなのに、ウエストバッグだけでいくつもあるのです。なんてことだ。似たような機能のものをあれもこれもと買って、結局どれだけ使っているのか。必要最低限のモノを使いこなし、そのモノの持ち味を最大限に生かしてやる、それが本当にものを大事にすることなんだろうと今頃気がついています。

モノがあった場所が空間になると、そこに風が通っていくような気がします。モノをたくさん持って、それで豊かになったような気がしていたのは錯覚で、実はそれにとらわれてしまっていたのかもしれません。


<クラゲ>
クラゲは死ぬとき
水に溶けるように
消えてしまうのだという
人間もそうだったらいいのに

できればそのように
かき消すように
ある日雪が解けてしまうように
何も残さずに消えてしまいたい

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【冬浅し】

□◆□…優嵐歳時記(2005)…□◆□

  冬浅し海峡ちりめん皺の波   優嵐

アートセラピーのために大阪へ行ってきました。行きは例のごとく海側に座り明石海峡大橋の眺めを楽しみました。海上は細かな波があり、晴天でしたがやはり冬の海峡だと思いました。四季折々、毎回姿が変ります。

九月からずっと「見る」ということをテーマに絵を描いています。人間が見ているということは単に視界に入っているということとは随分違います。見るという単純な行為と思われることひとつをとっても奥が深く、意識的にそのことを考えていくと本当にものを見られている人というのは非常に稀かもしれない、と思います。


<誤解>
世界は人の数だけある
この世界をこのように見ているのは
わたしだけ

自分がこのように見ているから
当然相手もそう見ているだろうと
思いこむところから誤解が始まる

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【冬】

□◆□…優嵐歳時記(2004)…□◆□

  ゆく船と来る船冬の播磨灘   優嵐

木枯しがやんで、今日はいいお天気になりました。雨が降り風が強く吹いたあとは空気中の塵が吹き払われるのか何もかもがくっきりとした輪郭をみせ、爽快なほどでした。増位山からの眺めも素晴らしく、六甲山から北摂の山なみまで見え、絶景です。

山頂で加古川からこられたという方と話をしました。兵庫県の山をあちこち登っておられるようで、見渡す山の名前を次々と教えていただきました。低い山にはまた低い山なりの楽しみ方があります。ひょいと気軽に登れるのも魅力です。


<風>
強い風が吹いて
景色から曇りを吹き払った
できることならば
心のなかにもときどきは
こうした風を吹かせたい

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【落葉】

□◆□…優嵐歳時記(2003)…□◆□

   落葉敷くうえにテントを広げけり   優嵐

日ごと落葉の量が増えています。頂上近くの森は少し空が透いてきたような気がします。暴風雨でもないかぎり、この一年ほぼ毎日ここにきました。しかし、毎日何かしら変化があって飽きるということがありません。人工物の中ではこうはいかないだろう、と思います。

将来人間が宇宙ステーションのようなところで住むようになったら、空気とか食べものはそれなりに管理されて不自由なく提供されるでしょうが、こうした自然が与えるあたりまえすぎて計算さえしなかったようなものたちの影響が問題になってくるような気がします。



<トランク>
できるだけ
ものをもつまいときめた
いまどんどん手ばなしている

本も道具も服も何もかも
今必要でないものを
いかにたくさんもっているだろう

しがみついている
かかえこんでいる
なんのために

大地震が起きたら?
病気になったら?
ナントカが起きたら?
98%くらいそんなことは
起こらない

もう終わってしまったはずの
ものも後生大事にもっている
なんのために

できることなら
トランクひとつで
引越しができるくらいに
なりたいもの


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【冬紅葉】

□◆□…優嵐歳時記(2002)…□◆□

  山風が散らしてゆきぬ冬紅葉   優嵐

昨夜は夜中木枯しが吹き荒れていました。朝になるとお天気は回復し、日中はからっと晴れていました。週末にはまたお天気が崩れるようです。真冬になってしまうと瀬戸内沿岸は晴れた日が続きます。

山を歩いていると、いろいろな紅葉、黄葉が目を楽しませてくれます。花がなくなるこの時期に葉が彩りを増していくとは、うまくしたものだと思います。花に関しては虫がそれを見つけられるようにああいう色が発達したのでしょうが、葉があのように色づくことの意味はどこにあるのでしょうか。

もし人間が紅葉を鑑賞しなければ、紅葉にはあまり存在意義はなかったように思えます。では何ゆえ落葉広葉樹はああいう仕組みを発達させたのか。赤や黄色に色づく仕組みは科学的に解明されているようですが、その意味については不思議です。あの色を他の動物が美しいとか素晴らしいとか思って落葉樹の生殖行動に何らかの影響を与えているとは思えないからです。


<ソロ>
森の中でテントを広げた
ソロキャンプのための
小さなものだ

これを背負って
山や海へ行った
ひとりで過ごす森の夜

寂しくないの
何度も何度もそうきかれて
不思議だった

ひとりでいるときに
寂しいなんて思ったことはない
内側で自分と対話して
自分で充足している


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【木枯し】

□◆□…優嵐歳時記(2001)…□◆□

  雨あがり木枯しの街となりにけり   優嵐

昨夜はかなりしっかり雨が降りました。雨は午前中いっぱいでほぼあがり、そのあと風が強くなりました。木枯しです。一雨ごとに寒くなる時期です。部屋から見える前山は今が紅葉の盛りです。自然歩道の黄葉は雨と風の影響でかなり散っていました。この先一ヶ月ほどの間でほぼすべての落葉樹は葉を落としていきます。

オークションに出品しているうちに、荷物の重さと送料について詳しくなってしまいました。やっぱり、ゆうパックが個人には一番お得かな。さらに定形外郵便で意外なほど大きなものまで送れることも初めて知り、何でも経験してみるものだと実感しています。


<アベマキに>
自然歩道の広場の真ん中にたつ
アベマキの周りには
日ごと落葉が増えていく

春、柔らかな芽生えから開いた葉
夏、太陽の光をいっぱいに受けた葉
秋、役割を終え色を変えていく葉
冬、惜しげもなく散っていく葉

そしてアベマキは枝だけになって
真冬を耐えてゆく

捨てるときに全部捨て去れば
新しい春を迎えることができる
裸木となったアベマキは
造形の美しさを冬空へ立てる

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【冬はじめ】

□◆□…優嵐歳時記(2000)…□◆□

  しっかりと降る気配なり冬はじめ   優嵐

朝から曇っていましたが、お昼ごろから雨がぱらつき始め、夕方からは本格的に降りだしました。今週から来週にかけての天気予報を見ると、姫路周辺は傘マークが並んでいます。気温は高めで、冬の冷たい雨という雰囲気はまだありません。雨の森を散歩してきました。黄葉の盛りで、雨天でも森が明るく感じられます。

車検で借りている代車のラジオからKissFMというローカルFMが流れてきます。ふだん車の運転時は何も聴かないのですが、たまたま借りたときにこの局がかかっていて、しばらくの間だからこれもご縁かと思いながら聴いています。

昨日、散歩からの帰りに車に乗ったら女性ボーカルの歌が流れてきました。知らない曲でしたが、しばらく聴いているうちに「これはユーミンだ」とわかりました。以前、書店でドリカムが流れてきたときも曲は聴いたことがなかったのに、吉田美和とわかりました。

優れたボーカリストというのは、最初の一声を聴いただけで誰かわかるという方があります。私はそこまで鋭くはありませんが、それでもこうした「時代を代表するボーカリストたち」は、独特の声の特徴を持っています。それがどういうものか、形容は難しいのですが、その曰くいいがたいところがこの人たちのボーカリストとしての魅力なのだろう、と納得しました。

そういえば、以前、旅先で中森明菜の歌を耳にして、「いいなあ」と感じたこともあります。なぜか男性のボーカルよりも女性のボーカルの方が私は魅力的に感じることが多いのです。歌を聴くときの魅力は、つきつめればその人の声に集約されます。それは歌唱力とか表現力を超えた、その人が神さまから与えられているもの、という気がします。「ギフト」ですね。


<言葉がなくなるとき>
ものごとすべての
本当の核を
言葉にすることはできない

言葉でしか世界を把握できない
わたしたちは
それをはがゆく思う

言葉の限界があって
その先へはどうしても
手を伸ばすことができない

しかし
それでいいのかもしれない
言葉もなくたたずむとき
自分が何かに触れていることが
わかるから

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【十一月】

□◆□…優嵐歳時記(1999)…□◆□

  彩りや十一月の森ゆけば   優嵐

暖かな姫路では、秋よりも冬に入ってから山が彩りを増していきます。自然歩道沿いも黄葉があちこちに見られるようになってきました。風もなく暖かく、播磨灘は冬霞におおわれて島影が見えません。頂のベンチで寝転んで身体をのびのびと伸ばせる、まだそんな陽気です。もともと冷え込む日は年に一度か二度程度しかありません。雪もほとんど降らず、北国や雪国の方からすれば冬ともいえないのどかな冬です。

オークションをやりながら、これはさまざまなシステムの集積の賜物だと感じています。まず、インターネット高速通信の常時接続が可能にした世界です。しかし、それだけではなく、こうした場を作った企業、デジカメの普及、荷物の迅速な配送追跡システム、安価で信頼性が高い送金や決済システム、さらに郵便という非常に信頼性の高い仕組みがすでに長年に渡って構築されていることなどがあげられます。

インフラというのはこういうもの全体を指していうのでしょう。また、出品者と落札者というお互い見ず知らずのものの信頼関係によって成り立っている仕組みだともいえます。簡単にお金を騙し取られたり、爆弾が送りつけられるかもしれないような社会ではこんなことはできません。誰か一人が構築したわけではなく、日本という社会全体でこういう仕組みを成り立たせているのだと思うと、あらためて凄いと思います。


<りんごのなかに>
りんごをむいた
甘酸っぱい太陽の香り
信州の日差しと雨と風が
その中につまっている

「一枚の紙に雲を見る」と
ティク・ナット・ハンは言った

手元にある一枚の紙の中には
その紙を育てた森
その森を育てた雨
その雨を生んだ雲
すべてが詰まっている

世界にあるすべてのものが
そうだとしたら
この世に自分と無関係なものなど
なにひとつない



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【初冬】

□◆□…優嵐歳時記(1998)…□◆□

  初冬の鳶ゆったりと空を舞う   優嵐

今日も暖かでした。小春日和です。自家用車が車検の時期あたり、知り合いがスズキ自動車の販売店にいるため、そこにお世話になることにしました。代車として新車のワゴンRを借りたのですが、これにびっくりしました。いわゆるキーというものがないのです。ドライバーは電子信号を発する小さなキーホルダーのようなものを持つだけです。

今乗っているのはほぼ十年選手のトヨタのスプリンター・カリブです。ドアの開閉は電子式ですが、車の始動にはキーを差し込んでいました。ところが、この新車はドアノブに指を触れればドアロックが解除されます。さらにハンドルの横にスイッチのような部分があり、ブレーキを踏みながらそこを押せば始動するシステムになっています。

このシステムのメリットはいちいちバッグからキーを取り出さなくてもいいということです。キーがどこかに紛れ込んで探し回ったという経験は誰もがあるでしょう。そういうわずらわしさから解放されるというだけで、たいしたものだと思いました。キーは差し込んで廻すものという固定観念を外しているのが画期的です。

うーむ、これは立派な販売戦略だとも思いました。ただ、トヨタの車もさすがで、ただの一度も調子が悪くなったことがありません。雨ざらしで駐車しているにもかかわらずです。次の車検のころには燃料電池車があたりまえになっているかもしれません。それまで待ちましょう。


<立ちどまって>
一生ものなんて嘘である
モノのなかった時代なら
そういうことがあり得た

今は日進月歩で
新しいいいものが次々に出る
身のまわりのすべてのものが
一昔前とは違うサイクルで回っている

だから用心していないと
それにながされてしまう

すばらしいですよ
これを買わなければ
遅れていますよ

メディアはそういい続ける
立ちどまって考えよう
それは本当に必要なものか

すばらしいものもたくさんあるが
無いほうがいいものもある
必要だと思い込んでいるだけだ
メディアの中毒になって

隣の人が持っているものは
どれもこれも
あなたにも必要だという時代は
もう終わっている

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【今朝の冬】

□◆□…優嵐歳時記(1997)…□◆□

  穏かに山の連なり今朝の冬   優嵐

暖かな冬の入りでした。俳句をやっていると、季節の変わり目四つが新たな季の始まりで、新年以外に気分を新たにすることができます。こういう機会はいくつかあった方がいいなと思います。紅葉も昨日から俳句では「冬紅葉」になります。同じじゃないかといわれればそうですが、年があけると、同じものもみんな「初」とつきます。そういう感じです。

増位山自然歩道の散歩はとうとう丸一年を通して続けることができました。どこかへ行ってそこの自然を愛でるのもいいですが、こうした身近な自然であっても四季全部をまるごと見るといろいろと発見があるものです。

途中の広場のアベマキは黄葉が進み、葉を落とし始めています。一方、近くにあるコナラはまだ青々としています。同じ場所の似たような落葉広葉樹でありながら、こんなに差があるのです。


<自由を>
これほどモノに埋もれていたとは知らなかった
自由になりたかった
星空の下で眠りたかった
誰もいない草原に行き
遠い海原を越えたかった

そのために用意したものの数々
いったい自分は何をしていたのだろう
荒野へ行こう氷壁へ行こうと
アウトドアメーカーは誘う
ダートバッグというんだそうだ
自由がそこにある…

そう思い込んでいた
だけど違う
アイゼンやピッケルや重厚な装備が
なくては行けない場所
それに必要な数々の道具をそろえなければ
生きることさえままならないならない場所に
自由はあるか

自由になるつもりで
アウトドアメーカーの戦略に
まんまとはまっていただけじゃないか

ブランド崇拝の人々と何も変わらない
別の意味でのブランドを崇めていただけだ

削ぎ落としてやっとわかった
自由は荒野にも山の頂にも無い
それはわたしの心のなかにしかない



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【行く秋】

□◆□…優嵐歳時記(1996)…□◆□

  行く秋を日差し明るく送りけり   優嵐

今日は立冬です。週の初めに冷え込みましたが昨日は暖かく、またしばらくこういう気温の日が続くのかもしれません。そしてまたぐっと寒くなる日があるという具合でしだいに冬が深まっていくのでしょう。

このところ読書もそっちのけでオークション出品にはまっているのですが、いろいろと勉強になります。値段の設定の要領が最初はなかなかわからなかったのですが、しだいにこれは市場にまかせるのが一番だとわかってきました。もともとの値段とか新品か中古かということに関係なく値段は市場の要求によって決まっていきます。

こんなものに買い手がつくかな、と思いながら出品したものが数倍の値段になることがある一方で、まったくの新品なのに見向きもされないものもあります。値段を下げてなんとか売り切ったものもあれば、処分するしかないな、とあきらめたものもあります。梱包や発送の手間を考えればそれもやむを得ません。


<見えないもの>
世の中には
人の目には速すぎて
見えないものがある
回っているプロペラの羽
走りすぎる新幹線の窓
落ちてくる雨粒

一方
ゆっくりすぎて見えないものもある
季節の移り変わり
時計の短針の動き
子どもの成長

気がつけば
いつの間にかそれはそこにある

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【えのころ】

□◆□…優嵐歳時記(1995)…□◆□

  えのころを夕陽黄金に染めにけり   優嵐

「えのころ」とはエノコログサのことです。日本全国の畑地や荒地でどこにでも見られます。猫じゃらしとも呼ばれ、アワの近縁で農耕伝来とともにユーラシア大陸からやってきたと思われます。

今日は6日、ZARD・坂井泉水さんの「誕生の日」にちなんで、ZARDの楽曲について書いてみます。今日取り上げるのは『Dangerous Tonight』です。ZARDの4番目のシングル『眠れない夜を抱いて』(92.8.5)のカップリング曲で、3番目のオリジナルアルバム『HOLD ME』(92.9.2)に収録されています。

『負けないで』(93.1.27)でのブレイクが目前に迫っており、ZARDがダークなハードロック色を前面に出していたのはこのあたりまでだったでしょう。もし、『負けないで』が存在せず、ずっとこの路線だったらどうだったか、と想像すると興味深いものがあります。こうした路線では成功しなかったとは思いません。ただ、ここまで大ブレイクしてJ-POPの基盤を作ったといわれるほどのアーティストになったかどうか、は別です。

これは、アーティストが決定的な代表作をひとつ持つかどうかでその存在が決まってしまうひとつの典型でしょう。作品を生み出したのはアーティストですが、逆に巨大な作品というものは、すでにどこかにいて、その人を選び指名してやってくるような気もします。

Dangerous Tonight



坂井泉水さんの詞のひとつの特徴は、思いもかけない言葉の組み合わせです。どちらも普通の言葉なのですが、そのふたつをいっしょに使うか?というような使い方がされ、予想外の効果を発揮します。

この作品の中でもサビで「so 何もかも嫌になる程 激しく抱き合いたいの」と「もう何もかも嫌になる程 愛して夢を見させて」と歌っています。普通、”何もかも嫌になる”という言葉と対になるのは否定的な単語だと思うのです。「自暴自棄になった」とか「無茶をした」とか「死にたくなった」とか…。

ところがこの歌詞では、その後に「激しく抱き合いたい」とか「愛して夢を見させて」というような、いわば恋愛の極致といっていいような喜びや楽しさを表現する言葉が続きます。このアンバランスは何?と意表を突かれます。これは9月27日に取り上げた『汗の中でCRY』でもそうでした。「張り裂ける喜び」の「張り裂ける」と「喜び」の取り合わせです。言葉でフェイントをかけられているとでもいいえばいいでしょうか。

常識的な言葉の使い方の中にどっぷり入り込んでいては、こういう表現はできないだろうと思います。なんでもないけれど、表現されてみて初めて、こんなことがあったのか、というコロンブスの卵のような使い方です。

また、この曲の世界はかなり切ないというか、女性は男性をつなぎとめたいと願っているが男性はどうなんだろう、という雰囲気です。それだけに「もう何もかも嫌になる」というところの表現、彼女の歌い方そのものもそうした複雑な、切ないようなじれったいようななんともいえない感覚を表現しています。見事なボーカルです。

【秋の名残】

□◆□…優嵐歳時記(1994)…□◆□

  風の音秋の名残を告げにけり   優嵐

今週に入ってがくっと寒くなりました。近年は暖かいまま冬に入ることが多く、晩秋の風情を詠む機会があまりなかったのですが、今年は少し違います。明後日の七日が立冬です。寒くなるのは嫌だなあという人は多いでしょうが、やはり暑いときは暑く、寒いときは寒くあるのが季節の巡りとしていい、と感じます。

オークションにどんどん品物を出して、部屋の中も押し入れも少し広くなったような気がします。引越しでもするのかとゆうパックを出しに行く近所の郵便局の方には思われているかもしれません。それにしても、こんなにあったか、と驚きます。恐らく日本中のお宅の押し入れや倉庫に眠っている物品は膨大な量でしょう。一度、発掘をなさってみては?

<静寂>
いつの間にか夜がすっかり静かになった
虫の音がついにやんだのだ

姿を見せたとき
鳴きはじめたとき
人は目ざとくそれを見つけられる

けれど
去っていくとき
鳴き終るとき
人はほとんどそれを捉えることができない

ああ、いってしまったんだな
そう思うばかりだ

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