優嵐歳時記

俳句と季語。日本の自然と四季が生み出した美しい言葉を。

□◆□…優嵐歳時記(273)…□◆□

   枯れきって薄かさこそ空を掃く   優嵐

「枯るる」または「冬枯」などとも詠みます。野山の草木が
枯色につつまれ、荒涼とした冬景色になっていくことを
さします。冬枯れの景色には寂しさよりも、むしろ私は
すっきりとしたいさぎよさを感じます。

万物が枯れきってしまえば、その底には新たな春への息吹
が兆しています。事実、樹木はすで冬芽を蓄え、きたるべき
春への準備を終えています。あとは厳しい寒さを乗り切って
春を迎えるばかりです。

□◆□…優嵐歳時記(272)…□◆□

   弓を射る冬の空気の中で射る   優嵐

小諸・懐古園の中には「小諸射院」という弓道場があります。
散策の途中に立ち寄って、弓を引く人たちの姿を見ることが
できました。放たれた矢がひゅっと冬の空気を貫いて的に
当たる音が聞こえます。私は弓を射たことはありませんが、
見ていると、気持ちのいいものだろう、と思いました。

冬は別名「玄冬」「冬将軍」などとも言います。冬の厳しさ
を表したもので、春が生命の誕生の季節だとすれば冬は死の
季節、色でいえば黒の世界です。

ただし、詩歌ではその厳しさが独特の魅力として詠まれて
います。高村光太郎は「きっぱりと冬がきた」と言いました。
生活や心象、さまざまの事柄のうえに鮮明な素材を与える
季節です。

□◆□…優嵐歳時記(271)…□◆□

   散紅葉集めし庭に陽の恵み   優嵐

この週末、小諸で見事な紅葉を楽しみました。紅葉は朝夕
の冷え込みが厳しい場所の方がよりいっそう鮮やかな色を
見せてくれます。小諸は城下町で、かつての小諸城跡が
「懐古園」という庭園になっています。

「小諸なる古城のほとり…」と詠った島崎藤村の記念館も
この中にあります。いま、ちょうど紅葉は散り際で、その
中を散策するのは楽しいものでした。千曲川を見下ろし、
ふり向けば噴煙をあげる浅間山が見えます。

「散紅葉(ちりもみじ)」または「紅葉散る」とも詠みます。
風に舞う紅葉、渓流を流れていく紅葉、庭に散り敷く紅葉
など、日本古来の伝統的な美を感じる季語です。

□◆□…優嵐歳時記(270)…□◆□

   冬うらら隅田の橋のたもとにも   優嵐

東京深川にある芭蕉記念館を訪れました。目の前を隅田川
が流れています。玄関前には小さな庭があり、白い八重の
山茶花が花をつけていました。芭蕉はここから「おくのほ
そみち」の旅に出たのです。

今日の東京は快晴。隅田川のうえをわたってくる風も、ま
るで春のようにやわらかなものでした。川べりには釣り糸
をたれる人、本を読んでいる人、犬の散歩をさせている人
など、思い思いに暖かな冬の日ざしを楽しんでいます。

「冬うらら」とは、冬の日の晴れて暖かいさまを表した
季語です。「小春」は初冬のころに限られますが、こちら
は冬全般に使います。

□◆□…優嵐歳時記(269)…□◆□

   陽を集め枯すすきなお枯れゆけり   優嵐

秋には柔らかく風になびいていたすすきも冬になると
葉も穂も枯れつくしていきます。さびて哀れを誘う情景
ではありますが、冬の日ざしの中で白く輝きこの季節
ならでの美しさも感じます。

今日は一日、長野県の小諸にいました。懐古園の紅葉を
愛で、浅間の眺めを楽しみました。色彩の中で、そこだけ
色が抜けたような、枯すすきの群れ、それもまた独特の
味わいがありました。

□◆□…優嵐歳時記(268)…□◆□

    鴨浮かぶ朝の河口の静けさに   優嵐

秋冬になると北からカモが渡ってきます。湖沼や河口など
で冬を越し、春になると再び北へ帰っていきます。季語と
しての「鴨」にはおもに中型から小型のガンカモ類が含ま
れ、雁や鴛鴦は別の季語としてたてられます。また、通年
いるカルガモは含まれません。

姫路にも多くのカモの飛来地があり、自然観察の森にある
桜山貯水池や市川の河口などはバードウォッチングには
最適の場所です。種類が多く、雄は特徴的な美しい羽の色
をしており、観察するのも楽しいものです。

□◆□…優嵐歳時記(267)…□◆□

    淡路島イザナギもまた神無月   優嵐

今日は陰暦の神無月九日です。「神無月」の名称はすでに
『古今集』に見え、この月神々が出雲に集うためこの名称
になったというのが定説です。ちなみに出雲では全国から
神さまが集まられるため「神在月」といいます。

『古事記』にあるオノコロジマとは淡路島のことだといわ
れています。淡路島には古事記にまつわる伝説が数多く残
されており、イザナギ神社というお社もあります。国産み
神話の主にして、アマテラスやスサノオの父イザナギ。はて
彼もまた出雲に出向いているのでしょうか?

□◆□…優嵐歳時記(266)…□◆□

    海峡を渡る車窓に初しぐれ   優嵐

その冬初めて降る時雨を「初時雨」といいます。日本人は
何かにつけ初物を尊ぶ傾向があります。「初」にはすがすが
しさと華やぎが感じられます。一方、時雨には寂びた味わい
があります。芭蕉はこの季語を愛し、「初しぐれ猿も小蓑を
ほしげ也」という有名な句があります。

今日は仕事で淡路島に行きました。もう何度も明石海峡大橋
を渡っていますが、何度渡ってもあの大きさには驚きます。
大橋はゆるやかに山型のカーブを描いていますが、あれは
地球の丸さにあわせたものだとききました。全長4km近く、
梅田から難波までの直線距離に等しいのです。

□◆□…優嵐歳時記(265)…□◆□

    叩かれぬところにとまり冬の蝿   優嵐

職場に毎日のように蝿が出没します。今年は秋になってから
蚊がずいぶんたくさん発生しました。これも台風の影響と
きいたように思います。もともと冬の蝿というのは、動きが
にぶく、哀れな雰囲気をさそうものとして、季語になって
いるのですが、このごろ出没する蝿はそんなかわいいもの
ではありません。

しぶとく生き残っているだけあって、動きはなかなか機敏
です。蝿たたきが事務所にあるのですが、うまくバシッと
叩かれないようなところ(コンピュータの凹凸のあるところ
など)にとまって悠然と手をすりあわせていたりします。

□◆□…優嵐歳時記(264)…□◆□

    低山の稜線にあり帰り花   優嵐

初冬、小春日和の中で桜やつつじなどが季節外れの花咲かせて
いるのを見かけることがあります。今年は特に「帰り花」を
たくさん見ました。台風襲来が多かったため、少し花も驚いて
いるのでしょうか。

姫路がある播州地方の山ではコバノミツバツツジをよくみかけ
ます。先日も山歩きをしていましたら、稜線近くで帰り花を
見ました。Tシャツで歩いてもいいくらいの陽気でしたから、
その日ざしに誘われたのでしょう。盛りのころとは違う寂しげ
な趣があります。

このページのトップヘ