優嵐歳時記

俳句と季語。日本の自然と四季が生み出した美しい言葉を。

□◆□…優嵐歳時記(48)…□◆□

    四月くる制服替えて出勤す   優嵐

今日から新年度。私は、3年いた部署から元のところに戻りました。
3年の間に機構改革があったり、イントラネットが導入されたりと
職場は様変わりでした。しかし、すぐに慣れると思います。こうして
部署を変わるのも気分が一新していいものです。何事も節目という
のは大切ですね。

四月、桜をはじめ、花々がいっせいに咲き始め、春の華やかさが頂点
に達する月です。入学、新入社員など、初々しい輝きが町にあふれる
ときでもあります。俳句では、四月はすでに晩春と考えます。
たけなわの春はすでに春の終わりでもあるのです。うつろいゆくもの
への愛惜をもっとも感じるのがこの季節かもしれません。

□◆□…優嵐歳時記(47)…□◆□

    いにしえの雛は卵の顔かたち   優嵐

金沢では、兼六園を訪ねました。その一角にある成巽閣は、1863年、
第13代の加賀藩主前田齊泰公によって造営されたもので、国の重要
文化財に指定されています。その中で、前田家の雛道具展がおこなわ
れていました。雛道具は蒔絵や切子硝子などの凝ったつくりで、
その見事さに思わず見入ってしまいました。

「雛」は鳥の雛ではなく、雛人形のことです。古い時代のお雛様は
ゆで卵に目鼻をつけたようなお顔立ちで、それがだんだんと時代を
経るにしたがって、いまのような形へと変化していった様子がよく
わかります。いまではすっかり新暦で祝うようになってしまった
雛祭りですが、桃が咲くこれからの季節が本来の雛祭りの時期です。


□◆□…優嵐歳時記(46)…□◆□

    障子開け柴山潟や春の暮   優嵐

金沢汁講の夜は片山津温泉に泊まりました。片山津温泉は柴山潟に
面した伝統ある温泉です。この夜泊まったホテル「森本」では、
部屋から柴山潟とその向こうに白山連峰を仰ぎ見ることができました。
部屋のすぐ下にはライトアップされた浮御堂があり、すばらしい
眺めです。

「春の暮」、この句では春の夕暮れの意味として使っていますが、
昔から春の終わり(暮春)の意味としても使われてきました。俳人に
よって用い方はいろいろで、どちらの意味として使っても差し支え
ありません。

よく晴れた春の一日が終わり、夕暮れの気配が静かな潟全体に
広がっていくさまは、気分をゆったりとさせてくれます。柴山潟の
向こうには、夕陽を浴びてばら色に染まる残雪の白山連峰が見え、
さらに気持ちがのびやかになります。甘美で贅沢なひとときです。

□◆□…優嵐歳時記(45)…□◆□

    松斜めに伸びし向こうに春の海   優嵐

この週末はISIS編集学校の汁講(オフ会)に参加するために金沢へ
行ってきました。土日ともこれ以上ないほどの快晴で、金沢の春を
楽しみました。姫路からは山陽自動車道、名神高速、北陸自動車道
を経由して金沢に向かいました。米原から北陸自動車道に入ると
前方に雪を被った伊吹山が見えてきます。さらに能郷白山、白山へ
と続く白い山なみが見え、北陸路へ来たのだと感じます。

石川県に入り尼御前岬を過ぎると、日本海が見えてきました。片山津、
安宅と北陸自動車道は日本海に沿って走ります。このあたりの海岸に
生えている松は、陸地側に傾いてひょろりと伸びています。冬の厳しい
季節風に耐えて育つ中で、すべてこういう姿になったのでしょう。
しかし、今日はその松林にも明るい春の日が降り注ぎ、その向こう
には、穏やかな日本海が青く光っていました。

□◆□…優嵐歳時記(44)…□◆□

    風光るもっとも広きものは空   優嵐

数日来のぐずついたお天気が去り、今日は明るい日差しが降り注いだ
姫路でした。風が強く、木々の枝も揺れるほどでしたが、それだけに
湿気が取り払われて、春なのにくっきりとした情景を楽しめました。
日差しはいちだんと明るさを増しています。もうすぐ四月なのですね。

風をめぐる季語、春の風は光るのです。日増しに陽光が強くなり、吹く
風もきらきらと輝いて見えます。街路樹の欅はまだ芽吹いていませんが、
枝をゆらして風が吹きすぎていきました。また、同じ街路樹でも常緑樹
の楠、こちらは葉のひとつひとつが風にまぶしく揺れていました。どこ
を見ても生命の躍動を感じます。

□◆□…優嵐歳時記(43)…□◆□

    連翹や昨日も今日も曇り空   優嵐

このところすっきりしないお天気が続いている姫路です。今日は夕方
から雨になりました。春も秋もお天気は周期的に変化します。とくに
桜が咲くころは寒暖の差が大きく、曇りや雨の日が多いものです。

ふだんはMTBやカブで通勤していますが、空模様があやしい日は車に
乗っていきます。国道沿いにレンギョウが咲いていました。原産地は
中国中東部で、中国名は黄寿丹といいます。いつごろ日本に入って
きたか、正確なことはわかりませんが、江戸時代には栽培の記録が
あり、一説では平安時代にすでに栽培されていたとも言われます。

節ごとにつく明るい黄色の花は、葉が開く前に咲き、ベル形で四片に
深く裂けているため、枝いっぱいにぎっしり花がついているように
見えます。にぎやかな感じがする花です。

□◆□…優嵐歳時記(42)…□◆□

    木の芽はる香に包まれて球を打つ   優嵐

今夜もナイターでテニスをしてきました。思うようなところに思う
ようなボールが打てて、ポイントをとれたときの楽しさは格別です。
暑くもなく、寒くもないこれからしばらくの間がナイターテニスに
は絶好のシーズンです。さして上達はしませんが、それでもボール
を追うことの面白さはコートでしか味わえないものです。

コートのまわりには、桜、欅をはじめ多くの広葉樹があります。今は
芽吹きの季節です。木によって遅速はありますが、木の芽どきの独特
の香りがコートを包んでいます。ちょっと生臭いようなその香りに
生命の息吹を感じます。

季語としては「このめ」と読みます。「きのめ」とも言いますが、
山椒の芽を「きのめ」と呼ぶことから、区別して「このめ」と詠みます。
木の芽の美しさは古くから認められており、特に柳の芽立ちの美しさは
格別です。そこから梅、桜とともに柳は春の象徴とされています。

□◆□…優嵐歳時記(41)…□◆□

    新しき腕時計して春の宵   優嵐

宵とは、夕よりもやや遅く、まだ夜にもなりきらないひとときのこと
を指しています。このひとときが徐々に長くなっていく春、どこか
ゆったりとくつろいだ気分に包まれます。「春宵」「宵の春」とも
言います。和歌には「春の宵」を詠んだものは皆無といっていいほど
で、この季語の成立には今も広く親しまれている中国北宋の詩人蘇軾
(そしょく)の詩「春宵一刻値千金、花に清香あり、月に陰あり」の
存在があるでしょう。

昨日、腕時計を買いました。最近ソーラー式の腕時計2本がダメになり、
探していたというわけでもないのですが、ふと目にとまりました。
簡素な丸い時計です。空色の文字盤と、同じ空色のバンドが気に入り
ました。ケースから取り出して腕につけてみます。まだ腕に馴染んで
いないバンドの感触が新鮮です。ほんのちょっとしたものでも、気に
入った新しいものを身につけるというのは心華やぐものです。

□◆□…優嵐歳時記(40)…□◆□

    椿咲く開山院への道すがら   優嵐

一般に「椿」と言えば「藪椿」を指します。海岸から低い山地に自生し、
別名「山椿」とも呼ばれます。園芸品種としても楽しまれ、その品種は
五百種を越えます。日本原産の椿は中国からヨーロッパ、アメリカなど
世界各地に広まり、さまざまな改良が加えられ、世界中で愛されていま
す。あっという間に咲いて散ってしまう桜が日本の春の象徴だとしたら、
花期の長いツバキはその漢字からも、日本の春を代表する花だと言える
でしょう。

昨日訪れた法華山一乗寺にもヤブツバキが咲いていました。海の見える
明るい場所に咲いているのもいいですが、こうしたほの暗い森の一角に
赤い花がちらちらと見えるのもいいものです。硬くて緻密な材を縄文人
は道具や櫛に用いました。

散るときは花びらとならず、花全体がぼたりと落ちるため、武家に嫌わ
れたという俗説がありますが、これは全くの嘘です。徳川秀忠をはじめ
多くの武将の愛好者がいました。椿の落ちるさまも俳句では「落椿」と
いう季語になっています。とくに苔の上に落ちた椿は美しいものです。

□◆□…優嵐歳時記(39)…□◆□

    手のひらに触れし花粉よ榛の花   優嵐

今日、隣町の加西市にある西国二十六番札所法華山一乗寺へ行って
きました。ここは1171年に建てられた国宝の三重塔で有名です。
藤原様式の優美な塔で、いくら見ていても飽きません。山の中の
お寺で、三重塔から少し歩いて開山堂あたりまで行くと、木々が
鬱蒼としています。

そこからさらに山の中に入ってみました。ハンノキがあちこちで花
を咲かせています。雌雄同株で雄花は暗紫色の円筒状で垂れ下がって
います。およそ花らしくない花ですが、ふれてみると花粉がいっぱい
つきました。小林一茶はこの花の姿を「はんの木のそれでも花の
つもりかな」と詠んでからかっています。

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