冬枯
高安山の頂周辺には一元の宮という宗教法人の施設があります。高安山の頂はどこかよくわかりませんでした。信貴生駒スカイラインを横切り、少し行くとかつてここにあった高安城(たかやすのき)の倉庫の礎石跡に出ました。

660年、唐と新羅が連携して百済を攻め滅ぼしました。斉明天皇と皇太子の中大兄皇子が救援に向かいます。しかし、天皇は九州で急死し、日本の水軍も白村江の戦いで唐の水軍に完敗します。こうした状況の中、天智天皇は667年に大津京に遷都し、高安山に城を築きました。対馬の金田城、九州大宰府の大野城、瀬戸内の屋島城などとともに日本防衛のための大規模な山城でした。

それから1300年たった1978年、高安城の跡地が発見されたのです。それを示す看板が立っており、座ってくつろぐにはちょうどいい場所でした。
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